

数百年の伝統を受け継ぎ、不思議な、幽玄的な空間を造る能の世界。何故、あの簡素な舞台上で、「小宇宙」を味わう事ができるのでしょう。それは「古くて新しい」といわれる能が持つ力のなせる技でしょう。
よく能を和製のオペラやミュージカルに喩える方がいらっしゃいますが、これは我々能楽師にとっては残念な事です。演劇、或いは歌舞劇等というジャンルに無理に当てはめたならそうなるのでしょうか。確かに広い意味ではそうかもしれませんが、全く違うものともいえます。
まず、喜怒哀楽の表現を最小限にしています。笑い声や泣き声はありません。悲しい時には少しうつむきます。クモルと言います。もっと悲しい場合には手のひらを眼の辺りに近づけます。シオルと言います。嬉しい時には少し上を向きます。テルと言います。怒りなど強い意志を表すときは、顔を強く対象物に向けます。これを面(おもて)を切ルといいます。面の角度(ウケと言います)が演技に大きく作用しますから、能面を付ける役者はあらかじめ面の裏に当て物をして、角度を調整します。

場合によっては、シテ(主役)であっても十分以上も動かず座っているだけのこともあり、これも演技のひとつと言って良いでしょう。地謡(ぢうたい)に気持ちを代弁させて、じっとしたまま感情表現をしているのです。

ワキ(脇役)は現在生きている、しかも必ず男役なので能面はつけず(直面ひためん)、ある意味で観客の代理人でもありますが、ワキはどちらかと言うと座っている場面が多く、舞いを舞うことは殆どありませんが、曲によってはシテよりも大活躍して激しく動き回ることもあります。
他の国のものと比べると、舞台上に楽器の奏者(囃子方)がいると言うことが珍しい体系ですが、能においては逆に舞台上に必要になります。舞台上の構造が反響版になっていたり、各役者の位置の目安であったり、なにより指揮者もいないわけですから、お互い細かい間合いを取って囃すには舞台上でなければなりません。

