能の演目の舞台となった地を巡る奈良旅の最後を飾るのは「桜井編」。能「三輪」と「玉葛」の各舞台である桜井市の寺社を訪ね、両物語の重要なキーポイントとなる「杉」がある場所へ皆様をお連れしましょう。
三輪明神というのは、日本最古の神社と言われている大神(おおみわ)神社のことで、この曲の舞台です。
この神社に本殿がないのは、後方にそびえる三輪山を御神体としているためで、太古の昔からの信仰形態を現在に伝えています。
1664年(寛文4年)に徳川家綱によって再建された拝殿の奥には三ツ鳥居があり、古来より、この鳥居を通して御神体の三輪山が拝まれています。
境内には、曲中に登場する御神木の衣掛杉(ころもがけのすぎ)も残されています。手水舎から拝殿へ上がる石段の手前を右へ曲がると、覆い屋根の下に置かれていますが、現在あるのは根株だけ。1857年(安政4年)に落雷により折れ、明治時代に腐敗して倒れたため、根株を掘り起こして保存されています。
さらに、大神神社から、近くにある檜原神社へ向かう途中の山辺の道沿いには、僧が修業をした場所と言われる「玄賓庵」という小さな寺も残されています。
能「玉葛(たまかずら)」(観世流では玉鬘と表記します)は、源氏物語のヒロインの1人、玉鬘を題材とした作品で、作者は世阿弥の娘婿でもあった金春禅竹と考えられています。
この曲の舞台は、長谷寺で、かつては初瀬寺と称されていました。寺の近くには曲の始めに登場する初瀬川も流れています。
※初瀬(泊瀬)は長谷の古称で、「はつせ」とも呼ばれた。
長谷寺は、真言宗豊山派(ぶざんは)の総本山で、西国三十三観音霊場の第八番札所にもなっています。初瀬山の中腹に御堂が立ち並び、仁王門から本堂へと続く399段の石段は柱を立てて屋根をつけた登廊(のぼりろう)になっており、天井に「長谷型」と呼ばれる丸い灯篭が吊るされ、風情があります。清水寺の舞台のような懸造り(舞台造り)の本堂からは、遥か遠くの山の峰が見渡せるほか、高さ10mを超える国内最大級の本造の御本尊・十一面観世音菩薩立像が安置されています。
「花の御寺」としても有名で、桜、牡丹、あじさい、紅葉、寒牡丹など四季折々の花が楽しめます。
源氏物語の「玉鬘の巻」にも登場する二本の杉は、仁王門をくぐり、登廊の東側に延びる道を進むとあります。この杉は根元がつながり並び立っており、大切な人との縁の結びつきを守り、叶える霊木として祀られています。
桜井市には、大神神社、長谷寺のほかに、能楽のルーツである大和猿楽四座に関連した史跡も残されています。たとえば、観阿弥を輩出し、四座が参勤して猿楽を奉納する場所でもあった多武峰談山神社、「能楽宝生流発祥之地」の石碑が建つ宗像神社などです。
桜井市を旅する際には、それらの史跡もセットで巡れば、能楽への理解がより深まるに違いありません。