能の演目の舞台となった地を巡る奈良旅の最後を飾るのは「桜井編」。能「三輪」と「玉葛」の各舞台である桜井市の寺社を訪ね、両物語の重要なキーポイントとなる「杉」がある場所へ皆様をお連れしましょう。

「三輪」の舞台

日本で最古の神社と言われている大神神社

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大神神社の拝殿。神社内には2019年に建てられた能楽堂もある
三輪の物語
三輪山の小さな庵に暮らす玄賓僧都(げんびんそうず、平安前期の高僧)のもとへ、毎日、仏前へ供える樒(しきみ、仏事で使用される植物)と水を届ける女がいました。ある日、僧から衣を授かった女は、「三輪の里にある杉の木立の門を目印に訪ねてきてほしい」と言い残して姿を消します。僧は、里に住む男から、三輪明神の御神木の杉に掛かる衣があると教えられ訪ねてみると、女に与えた衣が掛かっていました。そして美しい姿をした三輪明神が現れ、三輪山伝説(※)を物語り、天の岩戸の神話を語りつつ神楽を舞います。やがて夜が明け、僧は夢から覚めます。

※三輪明神が人の姿となって女と契り、その素性を怪しんだ女が男の衣に糸を付けてあとを付けたところ御神木にたどり着き、男が三輪明神であったと知る神婚伝説。

三輪明神というのは、日本最古の神社と言われている大神(おおみわ)神社のことで、この曲の舞台です。

この神社に本殿がないのは、後方にそびえる三輪山を御神体としているためで、太古の昔からの信仰形態を現在に伝えています。

1664年(寛文4年)に徳川家綱によって再建された拝殿の奥には三ツ鳥居があり、古来より、この鳥居を通して御神体の三輪山が拝まれています。

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幹周りは約10m、巨木であったことがうかがえる衣掛杉

境内には、曲中に登場する御神木の衣掛杉(ころもがけのすぎ)も残されています。手水舎から拝殿へ上がる石段の手前を右へ曲がると、覆い屋根の下に置かれていますが、現在あるのは根株だけ。1857年(安政4年)に落雷により折れ、明治時代に腐敗して倒れたため、根株を掘り起こして保存されています。

さらに、大神神社から、近くにある檜原神社へ向かう途中の山辺の道沿いには、僧が修業をした場所と言われる「玄賓庵」という小さな寺も残されています。

「玉葛」の舞台

四季折々の花が楽しめる「花の御寺」として有名な長谷寺

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長谷寺の総門である仁王門。両脇に仁王像、楼上には釈迦三尊と十六羅漢が安置されている

能「玉葛(たまかずら)」(観世流では玉鬘と表記します)は、源氏物語のヒロインの1人、玉鬘を題材とした作品で、作者は世阿弥の娘婿でもあった金春禅竹と考えられています。

玉葛の物語
長谷寺に詣でる僧が、初瀬川にさしかかると、小さな船に乗った女に出会います。女は僧を長谷寺の二本の杉(ふたもとのすぎ)まで案内し、数奇な運命をだどった玉葛の物語や、この杉こそ、亡き母・夕顔の侍女であった右近と運命的な再会を果たした場所であると語り、我こそ玉葛の幽霊と名乗って消え失せます。夜、僧が弔っていると、乱れ髪の玉葛が現れ、仏にすがる心と恋の妄執との間で板挟みになっている葛藤を舞いますが、やがて妄執も晴れ成仏します。

この曲の舞台は、長谷寺で、かつては初瀬寺と称されていました。寺の近くには曲の始めに登場する初瀬川も流れています。
※初瀬(泊瀬)は長谷の古称で、「はつせ」とも呼ばれた。

初瀬川
長谷寺近くには、僧が川船を操る女に出会う初瀬川が流れている

長谷寺は、真言宗豊山派(ぶざんは)の総本山で、西国三十三観音霊場の第八番札所にもなっています。初瀬山の中腹に御堂が立ち並び、仁王門から本堂へと続く399段の石段は柱を立てて屋根をつけた登廊(のぼりろう)になっており、天井に「長谷型」と呼ばれる丸い灯篭が吊るされ、風情があります。清水寺の舞台のような懸造り(舞台造り)の本堂からは、遥か遠くの山の峰が見渡せるほか、高さ10mを超える国内最大級の本造の御本尊・十一面観世音菩薩立像が安置されています。

「花の御寺」としても有名で、桜、牡丹、あじさい、紅葉、寒牡丹など四季折々の花が楽しめます。

源氏物語の「玉鬘の巻」にも登場する二本の杉は、仁王門をくぐり、登廊の東側に延びる道を進むとあります。この杉は根元がつながり並び立っており、大切な人との縁の結びつきを守り、叶える霊木として祀られています。

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長谷寺駐車場の裏手に、ひっそりとその姿を今にとどめる二本の杉

能楽のルーツ・大和猿楽四座の足跡も多く残る桜井市

桜井市には、大神神社、長谷寺のほかに、能楽のルーツである大和猿楽四座に関連した史跡も残されています。たとえば、観阿弥を輩出し、四座が参勤して猿楽を奉納する場所でもあった多武峰談山神社、「能楽宝生流発祥之地」の石碑が建つ宗像神社などです。

桜井市を旅する際には、それらの史跡もセットで巡れば、能楽への理解がより深まるに違いありません。

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