梅若研能会 足利公演 レポート

公益社団法人 能楽協会

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本年度も日本全国能楽キャラバン!が全国で開催されました。今回は2023年1月初旬に栃木・足利の足利市民プラザにおいて開催された「梅若研能会 足利公演」の様子をお届けします。能楽公演に行ってみたいけど様子がわからなくて……という方にはぴったりな記事です。

能楽公演だけではもったいない!

能楽堂の周辺には歴史的建造物が多く残っている場合があります。今回筆者は東京方面から電車で足利に向かいましたが、開演前に少し観光・散策をしました。

室町幕府を開いた足利家のふるさと・足利市

栃木県足利市は足利氏発祥の地として知られています。足利義康(あしかがよしやす)の治世からはじまり、多くの子孫が寺社を建立したことから、足利氏ゆかりの歴史的建造物が今なお現存しており、人々の心の拠り所となっています。

足利氏で有名なのは、室町幕府を開いた足利尊氏。義康から数えて八代目となります。また、三代将軍の足利義満が観阿弥・世阿弥を後援し、能楽の大成に寄与したことも有名です。もともと足利氏の館があった鑁阿寺(ばんなじ)では毎年「足利薪能」が催されていたなど、足利市は能楽と縁の深い土地となります。
※足利薪能は現在2023年1月現在、開催中止となっております。

足利氏と所縁の深い鑁阿寺(ばんなじ)

鑁阿寺 山門(県指定文化財)

足利市の中央に位置する鑁阿寺は二代目の足利義兼(あしかがよしかね)が居館をかまえた土地にあり、敷地内に持仏堂を建てたのがはじまりとされています。この足利氏の屋敷跡は「史跡足利氏宅跡」として、大正10年3月に国の史跡に指定されました。また写真の山門や本堂など多くの建築物が国宝や県指定文化財などに指定されています。

鑁阿寺には、本公演で演じられた「土蜘蛛」に登場する刀「膝丸」の兄弟刀「鬚切丸」が奉納されています。源氏の血筋である足利氏と源頼光、頼光の膝丸と足利氏所縁の寺社に奉納された鬚切丸、足利市で演じられる土蜘蛛……「縁」という言葉を意識せずにはいられませんでした。

公演レポート

会場の紹介:足利市民プラザ

足利市民プラザ文化ホール前

鑁阿寺と同じく足利市中央部にある足利市民プラザは、渡良瀬川を挟んで南側に位置します。JR両毛線足利駅より徒歩20分、東武伊勢崎線足利市駅より徒歩10分ほどの位置にあり、路線バス「あしバスアッシー」も利用可能です(「アピタ前」停留所下車)。今回の会場である文化ホールの他、スポーツセンターが併設されていたり、様々な講座が催されるなど市民に親しまれている施設です。

能サポガイドによる鑑賞サポート

今回の公演では「能サポガイド」による鑑賞サポートがありました。タブレットを会場でレンタルし、舞台に合わせて自動で切り替わる字幕や解説を読むことができます。タブレットは台数限定ですが貸与してもらえますし、ご自身のスマートフォンから無料アプリをダウンロードすれば機内モード(非インターネット通信)でお楽しみいただけます。

本公演では能「土蜘蛛」の詞章や日本語解説を見ることができました。謡本がなくとも目の前のタブレットで今の場面について理解ができるため、能楽初心者でも楽しみかたがぐっと広がります。

能サポガイドタブレットは台数限定で貸与できます

能サポガイドで初心者も能楽を楽しめます

連吟「神歌」

「神歌」は「翁」という曲を素謡(シテや地謡が舞台上で謡い、舞や囃子がない形式)で上演する際の曲名(流儀によります)です。

翁は他の曲とは別格に扱われる祝言曲で、正月に奉納されたり祝賀能で演じられたりする、大変めでたい曲です。シテ(主役)の「とうとうたらりたらりら」から始まるこの曲は、天下泰平・国土安穏を祈願する神聖なものであり、謡も厳かで格式の高さを伺えました。梅若万三郎氏の謡がはじまってから場の空気が変わるのを感じられ、観客が真剣に聴き入る様子が伺えました。

狂言「末広かり」

末広かりとはとある道具のことで「先に行くほど運が開ける」とのことから末広かりと呼ばれます。末広かりを知らない太郎冠者が主人に頼まれて都で買い求めようとするところにすっぱ(詐欺師)に目を付けられて……というお話です。騙された太郎冠者が主人に怒られて逃げておしまいではなく、すっぱに教わった囃子で主人の機嫌をうかがい、最後は主人も笑って退場するという福に溢れる曲でした。果報者役(シテ)の野村万蔵氏や太郎冠者役(アド)の野村万之丞氏の表情や動作が非常に豊かで、演者の笑顔に思わず観客もつられ笑いをしてしまう、まさに正月に相応しい狂言でした。

能「土蜘蛛」

いよいよ能「土蜘蛛」がはじまりました。足利氏は源氏の血筋であり、その足利氏ゆかりの地にて源頼光の登場する曲を鑑賞できるのは本公演の企画ならではでした。異形を成敗する物語から泰平祈願として演じられる土蜘蛛は、まさに正月の時期の本公演にぴったりの曲で、投げられる糸の華やかさなども相まり、普段とはまた違った気持ちで鑑賞できました。実は公演鑑賞前に膝丸と鑁阿寺、そして鬚切丸の逸話を解説で聴いていたため、頼光が膝丸を鞘から抜き土蜘蛛に切りつける場面は特に印象に残り、歴史を感じながら新しい気持ちで楽しめました。

また、今回は能楽堂ではなくホール公演であったため、能舞台と観客席がたいへん近く、土蜘蛛の放った糸が観客に幾度も降り注ぐ場面も見受けられました。中村裕氏の緩急ついたキレのある土蜘蛛、そして殿田謙吉氏の独武者との戦いの場面が特に圧巻で、近さも相まって非常に迫力のある舞台でした。能楽堂とは違った楽しみ方ができたのも、本公演の魅力であったように感じます。上記のほかにも刀剣会による解説や仕舞「藤」「山姥」が演じられ、大変見ごたえのある公演でした。

ほかにもあります、足利市名跡

足利市民プラザのある足利市中心部には鑁阿寺以外にも多くの名跡・名所があります。足利市に来られた際には併せて巡られてはいかがでしょうか。

日本で最も古い学校として知られる足利学校

鑁阿寺の参道脇にあり歩いて5分ほどに位置する足利学校は、いつの時代に作られたかは正確には判明していません。3つの有力な説をはじめ様々な説がありますが、決定的な証拠に欠け現在もまだ解明されていません。説の中には足利義兼が創建したとするものもあり、ここでも足利氏とのゆかりがほのめかされています。

足利学校が歴史の表舞台に登場するのは室町時代の中頃です。上杉憲実が関東管領に就任してからになります。上杉氏3代にわたって行われた積極的な保護や講演活動により、足利学校は隆盛を極めていくこととなります。
なお、教育内容は紀元前6世紀頃の中国の思想家 孔子の思想を発展させた学問『儒学』が中心となっており、この方針は足利学校創建以来のものであったようです。

学校門 日本で唯一「学校」の額がかけられている

校内の建造物は文化財として指定されているもの多く、大正10年に国の史跡に指定されています。孔子廟や方丈、庫裡など当時の建築物などが大切に保存され見学することができ、これまでたどってきた歴史を重々と感じることができます。

機織の神様を祀る足利織姫神社

足利市は元々1,200年あまりの機織(はたおり)の歴史がある土地です。機織の土地神様がいらっしゃらないと1705年、足利の守護神として二柱の神を伊勢神宮所管より勧請され、1879年、現在の地に社殿が建造されました(火災により1937年に現存の社殿・神楽殿等が再建されています)。

御祭神は機織をつかさどる「天御鉾命(あめのみほこのみこと)」と織女である「天八千々姫命(あめのやちちひめのみこと)」の二柱の神様です。共同して織物を織り、天照大御神に献上したといわれています。

織物は、経糸(たていと)と緯糸(よこいと)が織りあって織物となることから、男女二人の神様を御祭神とする縁結びの神社といわれています。また、織物をつくる織機(しょっき)や機械は鉄でできているものも多いことから、全産業の神様といわれ、7つのご縁を結ぶ産業振興の神社ともいわれています。

織姫山の中腹に位置する社殿前から渡良瀬川や足利市内を望む

地元の方のトレーニングにも利用される階段を登った社殿前からは、関東平野を一望できる景色が広がります。この景観も足利織姫神社の魅力の一つです。

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