能楽公演のみどころ

庄内 宝生流公演レポート

公益社団法人 能楽協会

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北海道/東北 公演レポート

本ブログは日本全国 能楽キャラバン!公演にまつわるエピソードをご紹介しています。
本記事は昨年12月に山形県庄内町の響ホールで行われた庄内公演のレポートです。能楽公演はどんな様子なのか?が深くわかる内容になっています。是非参考にしてください 。

出羽三山のひとつである月山を望む庄内平野。山形県北西部、月山を水源とする立谷沢川(たちやざわがわ)と最上川の流域に広がる庄内町は、国内でも有数の米どころとして知られています。

日本酒がお好きな方は「亀の尾」というお米の名前を耳にしたことがあるかと思います。庄内町はこの「亀の尾」発祥の地。現在ではお酒で有名ですが、実はこの「亀の尾」はコシヒカリやあきたこまち、山形のブランド米「つや姫」など、全国で食されている良食味米の祖先となった品種です。

東京からは飛行機か新幹線を用いて、最後に在来線(JR 羽越本線・陸羽西線 余目駅)で4時間ほどのアクセスです。今回は車で向かいましたが、山形県に入ると縦型の信号機や防雪柵が目に付き、豪雪地域ならではと思いながら車を走らせました。

白鳥が降り立つ庄内町から出羽三山の一つである月山を望む

会場となった庄内町文化創造館「響ホール」は、1999年に開館した多目的ホールです。コンクリート打ち放しのスタイリッシュな外観ですが、周囲の田園風景と調和している印象を受けました。

公演当日はときおり雷も鳴り響くようなあいにくの荒天で、断続的に吹きつける日本海側からの強風に少しびっくりしましたが、さもありなん庄内町は「風のまち」として「風を活かした町づくり」に取り組んでいるのだそうです。

とくに春から秋にかけて吹く「清川だし」と呼ばれる風は、日本三大局地風、あるいは日本三大悪風として有名で、庄内町では長年地域住民を悩ませてきたこの風を逆手に取り、1980年代から風力エネルギーとして活用する取り組みを続けています。

この日はまばらに雨が降り、風も強くあいにくの天候ではありましたが、会場へは多くのお客様が足を運ばれていて、地方での能楽熱の高まりを感じさせます。

そして、小学生から中学生くらいの子供たちの姿が多かったことが印象に残りました。本公演では「能楽鑑賞多言語字幕システム 能サポ」が導入されていましたが、会場の子供たちが友達同士、面白がってタブレットをいじっている姿が見受けられました。字幕システムは主に海外の方や鑑賞初心者の方を対象としているのだと思いますが、子供たちに興味を持ってもらうための入り口としても可能性があるように思いました。

公演レポート

庄内公演・会場のようす

本公演はシテ方三流儀が一堂に会し、狂言に和泉流・野村万作氏、囃子方には小鼓方大倉流・大倉源次郎氏と二人の人間国宝を迎えるなど、大変に豪華な出演陣でした。順を追って番組を紹介していきます。

仕舞「八島」「松風」

はじめに宝生流の仕舞が二番。「八島」「松風」と、それぞれ二番目物、三番目物を代表する名曲です。あとに続く舞囃子とお能がかなり珍しい部類の曲でしたので、お仕舞の方はスタンダードな選曲がされたのだと思います。

ご当地では宝生流を稽古されている方が多いということもあり、そうしたお客様への心づかいもあったのかもしれません。能楽が一方通行な芸能ではないということをあらためて考えさせられました。

舞囃子「阿古屋松(あこやのまつ)」

「阿古屋松」は観世宗家に世阿弥自筆本が伝えられてきた曲で、謡としての伝承はありましたが、お能での上演は長らく途絶えていました。2012年に観世宗家・観世清和氏によって復曲されて以降、何度か上演され舞囃子としても演じられるようになっています。

この曲は出羽国(現山形県)の歌枕である阿古屋の松のいわれを語るもので、いわばご当地曲です
舞囃子では能の後半、塩竃明神があらわれて松のめでたさを説きつつ舞(真ノ序ノ舞)を舞う部分が演じられます。

真ノ序ノ舞はおもに老体の神様が舞うもので、定式の舞の中でもっとも厳粛に扱われますが、今回の舞囃子ではそうした中にも清々しさがありました。粛々とした空気の中で謡われ、舞われるご当地ゆかりの物語に、会場は引き込まれている様子でした。

狂言「鍋八撥(なべやつばち)」

つづいて和泉流の狂言「鍋八撥」です。新しく立つ市の一番乗りをめぐって鍋売りと鞨鼓(かっこ。撥で打つ鼓、別名が八撥(やつばち))売りが争います。堂々巡りの争いに所の目代(お役人)が仲裁に入り、お互いの売り物を使った勝負事をして決着を付けようとしますが……

何事もスマートにこなす鞨鼓売りと、それを真似しようとして上手くできない鍋売りの対比が絶妙です。鞨鼓売りが最後に見せる水車(みずぐるま、側転する型)という豪快な型に会場は度肝を抜かれていましたが、それを真似しようとするも結局あきらめて転びを打つ鍋売りに、会場から自然と拍手が沸き起こったことがとても印象的でした。

能「龍虎(りょうこ)大勢(おおぜい)」

最後に異流共演能「龍虎」です。「龍虎の闘い」を実際に舞台上で見せるスペクタクルな内容ですが、宝生流と金剛流の異流共演に加え、替間(かえあい、小書=間狂言が変化する特殊演出)の「大勢」付きという珍しい内容でした。

今回シテ(虎)を勤める宝生流宗家・宝生和英氏とツレ(龍)を演じる金剛流宗家嗣子・金剛龍謹氏が協力して数年前に復曲され、お二方が異流共演するという形で何度か上演されています。

シテ方の異流共演というのも能楽の世界では珍しいことです。「龍虎」では前半のシテ、ツレの登場から二人が連吟(一緒に謡うこと)したり、謡を掛け合いにする場面が続きます。はたして流儀の違いはどうなるのだろうと気になっていましたが、実際の舞台を拝見すると全く違和感はなく、むしろスケール感の似ている二人の謡と型が、とてもよく調和しているように感じられました。

替間の「大勢」は通常、仙人が一人登場して立シャベリ(間狂言の形式のひとつ、立ったまま独白する)となる間狂言が複数人登場し、掛け合いを交えながら展開されるもの。今回は四人の仙人が登場し、舞台をにぎやかに彩りました。

さて後半になり、龍は幕から、虎は舞台上に据えられた岩洞の作り物から登場し、熾烈な闘いを繰り広げます。前半の少しもの寂びた雰囲気から一変して、一挙に華やかな舞台面となり、あっという間に去っていく。切能(五番目物とも、一日の最後に演じられる分類の曲)らしいフィナーレ感にひたりつつ観能を終えました。

公演を終えて

会場を出ると、夕方からの雨風がまだ続いていました。

龍吟ずれば雲起こり 虎嘯(うそむ)けば風生ず

先ほどの舞台が脳内でよみがえり、今日の天気は「龍虎」の霊験だな、と納得して会場を後にしました。「風のまち」庄内町にふさわしい素晴らしい公演だったと思います。

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