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恋慕之夜能「楊貴妃」シテ方観世流 松野浩行氏インタビュー

作成者: 公益社団法人 能楽協会|2022年9月30日(金)

「日本全国能楽キャラバン! 恋慕之夜能」公演は、京都市の京都観世会館で2022年9〜12月に計4回に渡って開催中のシリーズ公演です。本シリーズは、「恋慕」をテーマとした能の演目が上演され、秋の夜、本シリーズのサブタイトルにあるように「いつの世も、美しく哀しい愛のゆくえ」に思いを馳せられるような公演内容となっています。

10月12日(水)の第2回公演で、能「楊貴妃」でシテ(主人公)を勤めるシテ方観世流の松野浩行氏に、本公演や「楊貴妃」の魅力・見どころについてお伺いしました。

松野浩行 プロフィール(シテ方 観世流)

1974年、京都に生まれる。
幼少の頃より、祖父の観世流能楽師・故松野良輝より指導を受け、5歳で初舞台。
1994年より十三世林喜右衛門師に師事し、2001年独立。
京都を中心に全国での公演のほか、大津・平野で子供教室を担当。また草津宿場祭で薪能をプロデュースしたり、同世代のシテ方とともに能楽大連吟を主催するなど、多方面から能の普及活動を行っている。
京都、横浜、神戸にて松野吟耀社(松野浩行社中の会)を主宰。滋賀県庁湖謡会講師。

松野浩行オフィシャルサイト

見終わったとき、恋をしたくなるようなシリーズ公演


第1回 9月14日(水)
能「千手」シテ:吉田篤史(※終了)
第2回 10月12日(水)能「楊貴妃」シテ:松野浩行
第3回 11月9日(水)能「采女」シテ:田茂井廣道
第4回 12月14日(水)能「恋重荷」シテ:井上裕久

松野:今回のシリーズ公演では、「恋慕」を題材とした能を、京都観世会館所属の観世流能楽師がシテを勤めてお届けします。各公演で描かれるのは中世の恋愛ですが、人を好きになったり、人を好きになったがゆえに生まれる切なさや苦しさは、いつの時代にも、そしてどなたの中にもあるものと思います。

私がシテを勤めさせていただく「楊貴妃」や、次の「采女(うねめ)」は女性の恋のお話ですが、最後の「恋重荷(こいのおもに)」では男性目線の恋が描かれます。恋愛というと女性のイメージがありますが、決して女性だけのものではありません(笑)。

そういった恋慕の感情を、各演目を通してご自分に投影していただいたり、あるいは中世という時代背景の中だからこそ生まれた恋愛であるというようにご自分から少し遠い存在として見ていただいたりと、様々な目線からお楽しみいただける内容となっております。

さらに、今回は「夜能」ということで全公演とも夜の開演となっています。各公演が開催される秋という季節は、これから冬に向かって徐々に夜が長くなっていき、何かしら儚さや寂しさがともなう時間帯となりますので、観客の皆様にはよりいっそう恋慕の感情に寄り添っていただくことができるのではと感じています。

いずれにしても、お客様が見終わったときに恋をしたくなるようなシリーズ公演になったらと思っております。

楊貴妃の頭飾りが揺れたとき、何かしらの匂いが客席に届くような舞台に

松野:能「楊貴妃」のシテを勤めるのは今回がはじめてとなります。「楊貴妃」は、女性をシテとして優美な舞を見せる三番目物という能のジャンルに分類されます。僕自身は、いままでは外に向かって発する激しい曲が多く、今回のような内面的なしっとりした曲を舞う機会は少なかったので、自分にとって新たな挑戦となりますし、今までのスタイルから脱却できるかなという楽しみもあります。

「楊貴妃」の物語は、三番目物に多い、いわゆる亡霊と僧が現世で交差する夢幻能とは設定が異なる異色の能で、そこが魅力だと思います。

亡くなった楊貴妃は、常世の国というあの世とこの世の境のような場所にいるんです。そこに、唐の玄宗皇帝から楊貴妃の魂を探し出すように命じられた配下の方士(ほうし=神仙の術を身につけた者)が訪ねてきます。そして、楊貴妃と会ったことを証明する証拠として、楊貴妃と玄宗皇帝が人知れず交わしたささめごと(恋の語らい)を求めます。楊貴妃はささめごとを語り舞うというのが簡単なストーリーです。

(取材当時)今はまだ稽古に入る前で、謡の意味を理解している段階です。「楊貴妃」の舞台には作り物(シンプルな舞台装置)以外、何もありませんので、謡や舞で場面展開をしていきます。そのために、まずはこの謡は楊貴妃自身が発する言葉なのか、常世の国に流れるような音楽的なものなのかを理解する必要がありますが、その過程で、いろいろな想像を膨らませていくのが僕のスタイルです。

いま感じているのは、楊貴妃は証拠のささめごとを語ったらそれで終わりなのに、なぜそのあとわざわざ舞を舞うのかということです。この理由を勘ぐると、楊貴妃は方士にも思いを寄せているのではないかと思えてきます。楊貴妃は方士を通してその後ろに玄宗皇帝を見ているわけで、亡くなった楊貴妃が生きた人間である方士に憧れのような気持ちがあるのではないかと。これは、飛躍した僕の勝手な解釈ですが、そんなふうに自分の中で楊貴妃を創り上げていく面白さがあります。

また、個人的には匂いまで感じられるような舞台を目指しています。そう申しますのも、僕が能に魅力を感じるきっかけとなった舞台「西行桜」を観たとき、その何もないはずの舞台に確かに山の風景が広がり、山の中の少し湿気を含んだ空気の匂いまでが感じられるような舞台で、いちばんの感動を得たからです。

今回の「楊貴妃」では、シテの冠に瓔珞(ようらく)という飾りが付いているのですが、その瓔珞が揺れたときに、お客様に何かしらの匂いを感じていただけるような、そんな舞台にできたらと考えております。