金沢公演「安宅」シテ方宝生流 島村明宏氏インタビュー

公益社団法人 能楽協会

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北陸/甲信越 インタビュー

2023年1月22日(日)に石川県金沢市石川県立能楽堂で「日本全国能楽キャラバン! 金沢公演」が開催されます。
本公演は石川県を舞台とする郷土の花の演目である能「安宅」をはじめ、和泉流による狂言「寝音曲」、二人のシテ(主役)が相舞を見せる能「乱 和合」が上演されます。「安宅」のシテに初めて挑むシテ方宝生流の島村明宏氏に本公演の魅力、そして「空から謡が降ってくる」と言われるほど能楽が盛んな地・金沢の能文化について語っていただきました。

島村明宏 プロフィール(シテ方宝生流)

1957年石川県金沢市に生まれる。
シテ方宝生流 島村巌の長男で、故・十八代宗家 宝生英雄に師事。1964年に初舞台。
重要無形文化財保持者(総合認定)・島村同門会主宰・公益社団法人金沢能楽会 専務理事

登場人物が多い迫力溢れる大曲「安宅」の金沢での上演は貴重な機会

島村:本公演は、能「安宅(あたか)」を皮切りに、和泉流の若手能楽師による狂言「寝音曲(ねおんぎょく)」、そして、祝言の趣がある能「乱 和合(みだれ わごう)」を上演します。
」は、能「猩々」の小書(特別演出)で、通常の中之舞を「乱」という緩急複雑な舞に変えると、宝生流では曲名自体も変わります。今回の曲は「乱」にさらに「和合」という珍しい小書がつきます。猩々という海中に住む者が雌雄の二人に変わってシンクロして舞うのです。本公演では、シテ方宝生流の松田若子さんと渡邊茂人さんの姉弟がシテを勤めるので、息の合った舞を見せてくれることと思います。

そして、私がシテに初挑戦させていただく義経物の「安宅」は登場人物が多い迫力溢れる大曲で、金沢で上演されるのは貴重な機会です。
シテは弁慶で、源頼朝の追っ手から逃れて奥州へ下るため、義経主従が心をひとつにして安宅の関を通過する物語です。そのために、弁慶はあるはずもない勧進帳を力強く朗々と読み上げたり、変装した義経ではないかと疑われると、とっさの機転により金剛杖で義経を打ったり、数々の危機を知略により勇敢に乗り越えていく点がいちばんの見どころです。
いままで「安宅」では子方(子役)の義経役やツレ(シテの助演者)の同行山伏役として、先代のお家元(十九世宗家 宝生英照氏)や父がシテを勤めた舞台に出演させていただきました。
今回のシテでは、二人のように弁慶の風格を出すことができるかが課題です。それこそ己の芸の力で、世の中がイメージする、どっしりとした気迫溢れる弁慶を演じられたらと思います。

先日、金沢市鳴和町の鹿島神社にある小さな滝「鳴和(なるわ)の滝」に足を運び、舞台成功を祈願しました。この滝は義経一行が休憩して酒宴を開いた場所とされています。
「安宅」の最後で弁慶は「鳴るは滝の水」と謡い舞を披露します。このことから地名を含めて「鳴和」と呼ばれるようになったと伝えられています。弁慶が舞を舞った場所ですから、きっと何かしらの力を与えてくれることでしょう。

「安宅」はストーリーがわかりやすく、能楽初心者の方も最後まで飽きずに楽しんでいただける演目です。ぜひ多くの皆様にご来場いただけたらと思います。

金沢市鳴和町の鹿島神社境内にある鳴和の滝。ここで義経一行が酒宴を開いたことを記す石碑が建っています

金沢が昔も今も能楽が盛んな地と言われる理由

島村:金沢は、加賀藩の五代藩主・前田綱紀が宝生流をひいきにして以来、歴代藩主が能を愛好し、また職人や領民にも奨励したため「加賀宝生」と言われるほど能楽が盛んな土地柄になりました。植木職人や瓦職人が謡を謡いながら作業をしたことから「空から謡が降ってくる」とも言われました。

現代においても、我々金沢能楽会所属の能楽師が舞台に立ち、金沢市内の中学生を対象とした能と狂言の鑑賞会「観能教室」を毎年開催しています。これは昭和23年(1948)に始まり、今年で73回目となりました。私自身も中学3年の時、父がシテを勤めた能「羽衣」を同級生と一緒に鑑賞した覚えがあります。

本公演の会場である石川県立能楽堂は、全国初の公立能楽堂として昭和47年(1972)に開館して以来、多くの方々に能楽を親しんでいただくため、定期公演や能楽講座、小・中学生向けの謡・狂言教室などを積極的に開催しています。今年は開館50周年を迎え、10月にお家元(二十世宗家 宝生和英氏)をお招きして記念能公演を開催することができました。

石川県立能楽堂開館50周年記念能でシテ方宝生流二十世宗家 宝生和英氏がシテを演じた能「鞍馬天狗」

このような環境からか、金沢の定期公演などでは若い方の姿も多く見られ、金沢の各大学では能楽サークルの活動も活発です。なかには学生たちが地謡や囃子まで担当してお能を出して自主演能している大学まであります。このような地域は全国的にも珍しく、能楽師としてはありがたい限りです。

本公演でも、当日券に限られますが、30歳未満を対象にした若者割をご用意しています。若い方々にも気軽にご来場いただけたらと願っています。

昭和7年に建てられた金沢能楽堂本舞台を移築した石川県立能楽堂能舞台

金沢の歴史的建物や文化施設が集中した「兼六園周辺文化の森」に建つ能楽堂

島村:会場の石川県立能楽堂は、国の特別名勝に指定されている兼六園のすぐ隣にあり、周囲を緑に囲まれた素晴らしい環境です。この周辺一帯は「兼六園周辺文化の森」と呼ばれ、藩政期から現代に至るまでの各時代の歴史的建物や文化施設が集中しています。
2020年10月に移転オープンした国立工芸館をはじめ、レトロな建築も魅力の県立歴史博物館・美術館、現代アートが楽しめる金沢21世紀美術館、それに加賀宝生に伝わる貴重な面装束などが展示されている金沢能楽美術館など見どころがたくさんございます。公演前後に散策を兼ねてお楽しみいただけると思います。

また、本公演が行われる1月は、金沢の食べ物がいちばん美味しい時期でもあります。カニをはじめ、海の物を存分に味わっていただけます。ぜひ全国各地から、金沢旅行を兼ねて足をお運びいただけたらと思います。
金沢の地元の皆様におかれましても、ご当地能「安宅」の演能は貴重な機会ですので、ぜひご鑑賞ください。

緑豊かな「兼六園周辺文化の森」エリアに建つ石川県立能楽堂

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