宝生流東京公演「復活のキリスト」シテ方宝生流二十代宗家 宝生和英氏インタビュー

公益社団法人 能楽協会

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「日本全国能楽キャラバン! 宝生流東京公演」が2022年12月25日(日)に東京都文京区の宝生能楽堂で開催されます。本公演では、2017年にバチカンでも上演された宝生流の新作復曲能「復活のキリスト」が東京では約60年ぶりに披露されます。

また、その作者であるドイツ人宣教師ヘルマン・ホイヴェルス氏がインスピレーションを受けて参考にしたという能「隅田川」と、ヘルマン氏作曲による狂言「十字架」も同時に楽しめるクリスマスらしい企画番組となっています。

本記事では、「復活のキリスト」の復曲者であり、シテ(主役)のキリストを演じるシテ方宝生流二十代宗家の宝生和英氏に本公演の魅力についてお伺いしました。

宝生和英氏プロフィール(シテ方宝生流)

1986年、東京都生まれ。父、十九世宗家宝生英照に師事。
宝生流能楽師佐野萌、今井泰男、三川泉の薫陶を受ける。
1991年に初舞台。2008年に宝生流二十代宗家を継承。

伝統的な公演に重きを置く一方で、異流競演や復曲などにも力を入れ、公演活動のほかマネジメント業務も行う。海外ではイタリア、香港を中心に文化交流事業を手がける。2008年に東京藝術大学アカンサス音楽賞受賞、2019年に第40回松尾芸能賞新人賞受賞。
和の会を主宰。

宝生和英 公式サイト

長らく演能が途絶えていた「復活のキリスト」を復曲した理由

宝生:「復活のキリスト」は、ドイツ人宣教師ヘルマン・ホイヴェルスさんの原作を、曾祖父にあたる宝生流十七世宗家 宝生九郎が演出して昭和32年(1957)に初上演された新作能です。昭和38年(1963)に再演されたあと、演能はとだえていましたが2017年に私が復しました。

「復活のキリスト」あらすじ

イエス・キリストの死後、マグダラのマリアとヤコブの母マリアがその墓を訪れると、墓石が倒されているのに気付く。驚いて駆け寄ると天使が現れ、「あの方はここにいない」と告げる。
二人が、主の遺体はどこに消えてしまったのかと嘆き悲しんでいると、復活したキリストが現れて荘厳な舞を見せ、「神に栄光、地に平和あれ」と祈る賛美の歌声とともに父である神の元へと昇っていくのだった。

宝生:復曲した経緯ですが、まず2015年からイタリアで公演などをさせていただいたご縁があり、その後2017年に日本とバチカンの国交樹立75周年記念行事の一環でバチカンのカンチェレリア宮殿で公演をすることになり、この「復活のキリスト」をバチカンで上演したいと思ったのがきっかけです。この曲のために作られた装束は他の曲で使っており、扇も保管していました。それらを活用して現代風に再現できないかと考えました。

私にとって、この曲の魅力は曲が作られた過程にあります。まだ日本ではキリスト教が一般的でなかった頃、宣教師のヘルマンさんが日本の古典芸能である能を通してキリスト教を広めようとした事は、能楽が生まれたきっかけとも共通していたからです。能楽は1000年以上前の奈良時代、中国大陸から渡来した芸能を源流としていますが、それらもやはり仏教や神道の教えを可視化したものでした。
この原初の目的に非常に興味を覚えたことが復曲の原動力につながっています。

2017年にバチカンのカンチェレリア宮殿で上演された「復活のキリスト」

バチカン公演での不思議な体験・今回の新演出について

宝生:「復活のキリスト」はバチカン公演以来、日本各地で上演をしており、今回、私は5回目のシテを勤めます。東京での公演では復曲してから初となりますので、曾祖父の時代から数えると、約60年ぶりの上演なります。

この曲は、神が現れて御代の泰平を祝う祝言性の高い脇能(わきのう)形式なのですが、西洋的なイメージを付加するために通常の音とは異なる盤渉(ばんしき)というより高い音(笛の音)による舞を取り入れて復曲させましたので、そのあたりが見どころと言えます。

また、約60年前にこの曲のために作られた装束にも注目してご覧いただけたらと思います。白一色に十字架やオリーブの葉の柄が配された西洋的なアレンジがされた装束で、扇には百合の花が大きく描かれています。
能面は当時3面ほど作られたそうですが、すでに私の手元から離れていましたので、もとの面に近い、憂いのある表情を持ったものを使っています。この物語では、キリストが神と人間の間の中間的な存在であると解釈し、装束で神を表現しつつ、面で人間的な要素を残すような工夫をしています。

バチカンでの初上演の際には、こんな不思議な出来事がありました。
バチカンのカンチェレリア宮殿という場所の特性上、曲の最後にキリストは(揚げ幕の代わりに)大きな扉を開けて退場していく演出にしていたんですが、いざその場面になりガチャッと扉を開けた瞬間に……大きな鐘の音が会場中に鳴り響いたんです。実はこれ、休日を告げる鐘の音だったんですが、偶然に扉を開けた瞬間に鳴りはじめ、その鐘の音とともにキリストが退場、扉が閉じていくという劇的なラストシーンとなりました。
あとから観客の方や劇評で「素晴らしい演出だった」とお褒めの言葉をいただいたのですが、まったくの偶然が助けてくれた演出だったんです。

イタリアのヴィチェンツァで、能にして能にあらずと言われる曲「」を上演したときにも同じような出来事がありました。その時のヴィチェンツァは熱波で雨の降らない日々が続いていたんですが、「翁」を舞っている最中、いきなりにわか雨が降り始めたんです。皆さん、ビックリされていました。

どちらも、神の存在が感じられるような出来事で、記憶に深く刻まれています。

これらの出来事があったからというわけではないのですが、今回は新しい演出としてより神事的な要素を入れたいと思い、キリストの荘厳な舞の最初に「翁」の天地人の拍子を取り入れています。キリストが舞台を三角に移動し、天の拍子・地の拍子・人の拍子を踏むことによって格式の高さと新鮮さを表現できたらと、準備をしているところです。
この演出を加えたことで演者側の難易度は高くなってしまいましたが(笑)、お囃子方との調和など、良い意味で非常にやりがいのある曲に変貌していますので、ぜひ楽しみにしていただければと思います。

イタリアでバチカン公演の打ち合わせをする宝生和英氏

本公演を通して約60年前の日本へのタイムスリップ体験を!

宝生:また、本公演では「復活のキリスト」の前に狂言「十字架」、能「隅田川」を上演します。

狂言「十字架」は同じくヘルマンさんが作られた狂言です。能「隅田川」はヘルマンさんが「復活のキリスト」を作るにあたり、インスピレーションを受けて参考にした曲と伝えられています。
ぜひこの三曲を通して、当時のヘルマンさんのお考えや、今のように情報がコンビニエンスではない時代の文化のあり方などに想いを馳せながら、約60年前の日本にタイムスリップするような特別な感覚を体感していただけたらと思います。

特別な感覚といえば、約60年前に「十字架」のシテを勤められた和泉流 三宅右近先生が若き姿でヘルマン先生と楽屋で正座してあいさつをされている写真を拝見させていただいたときに、その景色が過去に感じず、つい最近のことのように見えてきたという不思議な感覚がありました。能楽には時間軸を超越する力があり、過去の時間を今に近づけてくれるような効果があるように感じます。

今回の「復活のキリスト」につきましても、この曲がバチカンの宮殿で上演されたことなどにも想いを馳せながら観ていただくとさらに楽しみが広がることと思います。

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