2022年8月31日(水)に北海道の札幌市教育文化会館大ホールで「日本全国能楽キャラバン! In 札幌」が開催されます。
本公演は、宝生流の能「乱」、喜多流の仕舞「玉之段」、観世流の能「安宅 〜勧進帳 瀧流」に、野村萬斎氏が演じる和泉流の狂言「法師ヶ母」を交え、夢の4流派競演として上演されます。
今回、能「乱」でシテを勤められるシテ方宝生流の金井雄資氏を東京の稽古場に訪ね、本公演の魅力や「乱」の見どころについてお伺いしました。
金井雄資 プロフィール(シテ方宝生流)
1959年、シテ方宝生流 金井章の長男として東京に生まれる。
故 近藤乾三(人間国宝、日本芸術院会員)、故 松本恵雄(人間国宝)、第十八世宗家 故 宝生英雄、故 近藤乾之助および父に師事。
1965年初舞台。1978年初シテ以降「乱・和合」「道成寺」「石橋・連獅子」「翁」「望月」「隅田川」「景清」「綾鼓」など披演。
紫雲会、紫影会、かたばみ会を主宰。
重要無形文化財保持者・公益社団法人能楽協会理事。
「札幌能楽会」の後方支援によって実現した4流派競演
金井:本公演では、昨年12月に同会場で開催された能楽キャラバン公演に続き、4流派競演が実現します。
まずは、宝生流の私がシテを勤めさせていただく祝言の趣がある能「乱(みだれ)」を楽しんでいただきます。次に、和泉流 野村萬斎さんによる能仕立ての狂言「法師ヶ母(ほうしがはは)」。そして喜多流の塩津圭介さんによる見ごたえのある仕舞「玉之段」です。最後に、観世流の観世喜正さんがシテの弁慶役を演じるスペクタクル溢れる大曲 能「安宅」という構成でお届けします。
本公演ではぜひ囃子方にもご注目いただきたいです。人間国宝でもある大鼓方の亀井忠雄さん、小鼓方の大倉源次郎さんをはじめ、そうそうたる顔ぶれが揃っていますので、素晴らしい演奏もお楽しみいただけることと思います。
このように4流儀に著名な囃子方を交えた競演が実現した背景には、本公演を共催されている「札幌能楽会」の存在があります。札幌能楽会は昭和34年に結成された歴史ある会で、現在はシテ方3流儀・囃子方7流儀の能楽師から能楽を習っている札幌の能楽愛好者の皆さんが各流儀の枠を超え、会員の皆さんだけで能公演を開催するなど熱心に活動をされています。当会の存在、そして後方支援があってこその4流儀競演が実現できたのです。
地方公演で、これだけ多くの流儀が一堂に会し、変化に富んだ演目を一挙にお楽しみいただけるのはたいへん貴重な機会です。ぜひ多くのお客様に足を運んでいただけたらと思います。
大ホールに設営される本格的な能舞台は字幕ディスプレイで能楽初心者にも配慮
金井:会場の札幌市教育文化会館大ホールは、札幌の中心部、大通公園に面した煉瓦色の美しいホールです。能楽公演に合わせて設営される能舞台は、屋根に脇正面席まで組み込まれた本格的なものです。私自身、今までに仕舞なども含め5〜6回は舞台に立たせていただいていますが、他の能楽堂と何ら遜色はありませんし、1,150名収容の大ホールなのですが、音もしっかり響き、大変良い環境です。
他にも能舞台専用の特徴的な設備があるのですが、とくに素晴らしいのが能舞台右手側に設置される字幕ディスプレイです。能の上演中には謡われる詞章(ししょう)が、狂言では解説が表示されるので、能楽初心者の方にも分かりやすく、また熱心な方も、謡本を広げる必要もなく舞台に集中してご覧いただけます。
この字幕ディスプレイに表示される詞章は、先にご紹介した札幌能楽会の方が担当しているのですが、各流儀によって詞章が異なるため、今回公演する「乱」の詞章を作成するにあたっての質問が私のところによく来ています。それだけ熱心にご対応いただいているということで本当に頭が下がる思いです。
実は……私は北海道とは少なからぬ縁があります。母が旭川出身なものでして、幼少の頃から毎年のように訪れ、現在も北海道在住のお弟子さんの稽古などで年に6〜7回は足を運んでおります。そのため大変なじみのある土地なのです。
北海道は食べ物も美味しいですし、気候もいい。本公演が行われる8月末はまだ暑いかもしれませんが、朝晩はきっと涼しいでしょう。さらに北海道の方々は大地同様にスケールが大きくおおらかな人が多い。そのような環境の中で舞うことを楽しみにしています。
浮き立つような楽しさをお客様と共有できる演目「乱」
金井:今回、私がシテを勤めさせていただく「乱」は、もとの曲名は「猩々(しょうじょう)」ですが、曲中でシテが舞う中之舞を、乱という特殊な舞に変えて演じる小書(特別演出)がつくと、曲名自体も「乱」と変わるユニークな曲です。
面から装束まで全身真っ赤に飾った猩々という海中に住む者が酒に浮かれながら舞い謡う、祝賀の雰囲気をともなった楽しい曲です。猩々は「乱」のほかにも小書はたくさんあり、二人の猩々が舞う「和合(わごう)」なども含めると、今までに7〜8回はシテを勤めさせていただいています。それだけ人気がある曲と言えます。
乱の舞は、通常ではすり足で舞うところを、「乱れ足」といって宝生流では舞の大半を「抜き足」で舞います。足を抜いたまま、上半身を微動だにせず、水面を水平に滑るごとく舞うのです。また囃子のリズムもメロディも千変万化して、非常に高難度の演奏となり、ここが大きい見どころのひとつですね。
高度なテクニックが要求されますし、身体も若干辛く(笑)、体力が必要な曲です。しかしながら、不思議なことに舞っているうちに演者自身の気持ちも浮き立ってくるんです。その浮き立つような楽しさをぜひお客さまにもお伝えして、味わっていただけたらと願っています。