日本には今も現存する城とかつて存在していた城を合わせると数万の城があったと言われています。

城の歴史は古く、獣から集落を守るために堀や土塁、柵を施した古代までさかのぼります。本記事では日本の城の歴史を、全国に残る城や城跡を旅しながら時代ごとに追ってみました。

弥生時代 城の起源とされている、集落を堀で囲んだ環濠集落

日本の城の起源は弥生時代と言われています。

当時の人々は耕地や作物を外敵から守るために、集落を堀で囲んだ環濠(かんごう)集落や、丘などの上に作った高地性集落を生み出しました。

大規模な環濠集落跡として知られるのが、吉野ヶ里(よしのがり)遺跡です。V字型に深く掘られた堀の内外を柵が幾重にも取り囲み、見張りや威嚇のための物見櫓も複数置かれていました。

1_吉野ヶ里遺跡
上空から見た吉野ヶ里遺跡。現在は吉野ヶ里歴史公園として98棟の弥生時代の建物が復元され、往時の暮らしの風景が再現されています
  • 写真協力:佐賀県
代表的な環濠集落一覧

吉野ヶ里遺跡(佐賀県吉野ヶ里町)
唐古・鍵遺跡(奈良県田原本町)
池上遺跡(大阪府和泉市)
伊場遺跡(静岡県浜松市)など

飛鳥〜奈良時代 大陸からの侵攻に備えて築かれた古代山城

大和朝廷が成立すると大陸からの侵攻に備えて、古代山城(こだいやまじろ)が西日本一帯に築かれました。古代山城は石垣造の城壁で囲い込まれ、戦の時だけ山城に立てこもり、平時は山麓に居住していたとされています。

代表的なものには、大野城(福岡県太宰府市)や鬼ノ城(きのじょう / 現在は鬼城山ビジターセンターとして整備)があり、とくに鬼ノ城は城壁が2.8キロメートルにわたって鉢巻状に巡り、圧倒的な規模を誇ったとされています。

2鬼ノ城
鬼ノ城跡は史跡調査や整備、復元が行われ、角楼跡や城門跡を見ることができます。写真は復元された西門
  • 写真協力:岡山県観光連盟
代表的な古代山城一覧

鬼ノ城(岡山県総社市)
大野城(福岡県太宰府市)
金田城(長崎県対馬市)
屋嶋城(香川県高松市)など

奈良〜平安時代 東北の蝦夷攻略のために築かれた城柵

西日本の古代山城に対して、東北には先住民・蝦夷(えみし)の支配を進めるために、城柵(じょうさく)が築かれました。城柵は柵や塀で囲まれた政庁(役所)で、官庁としての機能を持ち、蝦夷に対する軍事的な拠点でもありました。

代表的な城柵は多賀城で、約3.5キロメートルの外郭を柵などで囲み、さらに中心部に置かれた政庁は100メートル四方の塀に取り囲まれていました。

3多賀城跡
多賀城跡は遺構が整備されて史跡公園となり、現在は南門の復元工事が行われています
  • 写真協力:宮城県観光プロモーション推進室
代表的な城柵一覧

多賀城(宮城県多賀城市)
出羽柵(秋田県庄内地方)
秋田城(秋田県秋田市)
志波城(岩手県盛岡市)など

平安時代末期〜戦国時代 防御能力の高さで発達した中世山城

平安時代半ばになると武士が出現し、南北朝時代には本格的な武士同士の武力衝突が起こり、戦略的優位性から険しい山の上高くに山城が築かれるようになりました。

この中世山城が普及したきっかけは元弘3年・正慶2年(1333)、楠木正成(くすのき まさしげ)率いる軍勢が、三方を絶壁で囲まれた千早城に籠もり鎌倉幕府の大軍に対抗したことによります。以降、各地の武士は少数の兵で大軍を退けることができる中世山城をこぞって築きました。

4千早城
現在、千早城本丸の跡地には千早神社が建っています
代表的な中世山城一覧

千早城(大阪府千早赤阪村)
一乗谷城朝倉氏館(福井県福井市)
高原諏訪城江馬氏下館(岐阜県飛騨市) など

安土桃山時代後期 優美な天守を持つ近世山城

荒々しい中世山城に対して、優美な天守を持つ近世山城が安土桃山時代後期から築かれていきます。比較的緩やかな山に築かれるケースも多く、居住性を重視した城も多くなります。

本格的な天守を持つ城は、織田信長が築城した安土城が初めてと言われています。安土城の中心部には五重の天守(現地では「天主」と表記)が建てられ、全山が総石垣で囲い込まれていました。また、楽市・楽座の城下町を設け、城下から権威の象徴として巨大な天守が見えるように築城されました。

安土城は城の概念を変え、以降、全国に天守と石垣、そして城下町を持つ城が普及していきます。

5安土城跡_b
織田信長が倒れた本能寺の変後、安土城は焼失して石垣だけが残る
5安土城跡_a
  • 写真協力:(公社)びわこビジターズビューロー
代表的な近世山城一覧

安土城(滋賀県安土町)
岩村城(岐阜県恵那市)
高取城(奈良県高取町)
備中松山城(岡山県高梁市) など

戦国末期 巨大な城下町を取り込んだ平山城や平城へ

戦国末期になり、小大名は淘汰され、多くの国々を領有する戦国大名が現れると、城は軍事拠点に止まらず、政治や経済の拠点としても使われるようになります。こうした流れの中で、平野の中にそびえる小高い丘に立地する平山城(ひらやまじろ)や平地に築かれた平城(ひらじろ)が誕生しました。

とくに、力のある大名は家臣を城下に住まわせるため城と城下町は巨大化していきました。また、慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦い後、全国的な大名の配置換えが行われ、新たな城が数多く築かれました。

豊臣秀吉が築城した大坂城は平山城、徳川家康が築城した名古屋城と居城した江戸城は平城に分類されます。

この後、江戸時代となり、徳川幕府によって一国一城令が出されると、各藩の築城は制限され、新規築城だけではなく、改修や修復も幕府の許可が必要になり、日本の城発展の歴史は終焉を迎えました。

6名古屋城
徳川家康が築城した名古屋城は平城に分類されます
代表的な平山城一覧

大坂城(大阪府大阪市)
熊本城(熊本県熊本市)
姫路城(兵庫県姫路市)
松江城(島年松江市)など

代表的な平城一覧

名古屋城(愛知県名古屋市)
江戸城(千代田区)
広島城(広島県広島市)
二条城(京都府京都市)など

古代や中世の城跡を訪ねる旅もまた楽し

江戸時代以前に創建され、現在までに残っている現存天守はたったの12城で、そのほとんどが近世に築城された平山城または平城です。

中世の山城以前で建造物が現存する城はほとんどありませんが、現在の城跡には復元された建造物が建っていたり、史跡公園として整備されているところも多くあります。

城巡りの一つの楽しみ方として古代や中世の城跡を訪ねて当時の城攻めに思いを馳せたり、またその地形から城の防御方法を想像する旅はいかがでしょうか?是非参考にしてください。

 

参考文献:日本100名城公式ガイドブック

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