茅葺き寄棟造りの品格漂う能舞台

大膳神社

大膳神社

茅葺き寄棟造りの品格漂う能舞台

大膳(だいぜん)神社は、広々とした田園風景の中に鎮座しており、社殿すぐ隣の芝生広場に能舞台があります。

能舞台は1846年(弘化2年)に再建されたもので、佐渡に現存する能舞台の中でもっとも古いとされています。茅葺き屋根が周囲の風景とあいまって気品と風格を醸し出しています。

佐渡の宝生流太夫家である潟上本間家が、佐渡に能楽を広めるための重要な拠点とした「国仲四所の御能場」の一つ、という由緒ある能舞台で、県の有形民俗文化財にも指定されています。

大膳神社には、鎌倉時代に正中の変で佐渡に流された日野資朝、そして資朝の子・阿新丸が親の刑死の無念を晴らした折に逃亡を助けた大膳坊賢栄の2人が祀られていることから、そのストーリーを典拠とした異色の能「檀風(だんぷう)」ゆかりの神社としても知られています。

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日輪が描かれた珍しい鏡板を見ることができるのはここだけ

佐渡の能舞台のほとんどは雨風を避けるため戸が建てられていますが、大膳神社の能舞台は年中開けられていて、舞台正面の老松に日輪(太陽)が描かれた珍しい鏡板が目を引きます。

日輪を配した鏡板はここだけと言われ、「影向(ようごう=神仏が現れること」)を視覚的に表した信仰的意味があるのではないかとも考えられています。

また、舞台天井には能「道成寺」で使用する鐘穴を見ることもできます。

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現在も毎年4月に例祭奉納能、6月に薪能と鷺流狂言を上演

毎年4月18日の例祭には神前に奉納する定例能が行われ、6月の薪能では佐渡に伝わる希少な鷺流狂言(※)も上演されます。

佐渡で能に携わる人の多くはそれぞれ他の仕事をしながら能の舞台に立ち、能を楽しんでいます。大膳神社の定例能は、佐渡の能楽グループの1つである真野能楽会により演じられ、静寂の中につくり出される幽玄の世界は見る人の感動を誘います。

  • 鷺流狂言 狂言の流派の一つ。徳川家康のお抱え狂言師であった鷺仁衛門宗玄が創設した流派で、大正時代に絶えてしまうが、鷺流狂言それ自体は、地方芸能として佐渡、山口、佐賀などで伝承されている。

施設情報

住所

〒952-0302 新潟県佐渡市竹田562-1

連絡先

0259-55-2953

交通案内

両津港から車で約30分

最寄のバス停

竹田橋(国仲線、金丸線)から徒歩15分

駐車場

40台

能楽を旅する × 大膳神社

半蔀

能「半蔀(はしとみ)」

物語の舞台

晩夏の京都。大徳寺雲林院(現在の京都市北区紫野)。五条辺り。

ストーリー

僧が供えた花々の供養をしていると、夕顔の白い花の影から可憐な女が現れ……。
源氏物語を典拠とした、一途な恋の物語。

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狂言「佐渡狐」

物語の舞台

佐渡、越後(現在の新潟県)、京都。

ストーリー

佐渡と越後の百姓が年貢を納めに都へ行く途中に道連れになり、佐渡に狐がいるかいないかを巡って賭けをするが……。「袖の下」(賄賂)をめぐる人間模様や駆引きが笑いの中に描かれた狂言。

大膳神社で収録した番組本編

  • 各演目ページで番組本編を公開しています。

能 「半蔀」

シテ
宝生流金井 雄資

狂言 「佐渡狐」

シテ
大蔵流大藏 彌太郎

佐渡旅 特別映像

佐渡と能楽、その美しい自然や魅力をつめ込んだ特別映像です。

フォトギャラリー

四季折々の魅力に溢れた佐渡の風景や、能楽に所縁のある名跡のフォトを集めました。あわせて、大膳神社で「半蔀」と「佐渡狐」を映像収録したおりのオフショットもご紹介します。

佐渡の四季折々の魅力

棚田

やわらかな朝日が育む岩首の棚田へ

春にはぜひ、海沿いの岩首集落から標高350mを超える山間に広がる「岩首昇竜棚田(いわくびしょうりゅうたなだ)」へ! 

江戸時代ごろに開田が進み、その形状を残した田圃は現在460枚ほど。まるで天空に昇る竜のように大小の変形田が山に沿って広がっていることから、その名で呼ばれています。

とくに春先は、水を張った棚田に朝日が差し込む瞬間の光景に心揺さぶられることでしょう。

岩首の米は山からの清水や湧水にも恵まれ、海から昇る朝日の光と海から吹く風の中でゆっくり丁寧に育てられています。集落の人々は棚田保全に努めており、2011年には世界農業遺産(GIAHS)に登録されました。
地元ガイドが案内する体験プログラム「岩首棚田里山散策」も用意されています。

春の佐渡についてさらに知るなら
乙和池

大自然のパワーが宿る神秘の楽園へ

夏限定の佐渡の大自然を体感できる特別なパワースポットへ!

乙和池」(写真)は、佐渡全島を見下ろせる全長約30kmの展望道路・大佐渡スカイラインの途中にあり、周囲の自然林とともに貴重な天然池として、県の天然記念物に指定されています。乙和池の中の日本最大級の高原湿原性浮島にはハート型の穴が開いていて、ロマンティックな趣も漂います。池の主「大蛇」に見初められて入水した美しい娘「おとわ」の伝説が名称の由来となっています。

大佐渡石名天然杉」は夏でもひんやり涼しく、マイナスイオン溢れるパワースポット。標高900m付近の天然杉を気軽に楽しめる周遊コースでは、遊歩道入口近くまで車で行くことができ、「象牙杉」「羽衣杉」と名付けられた個性的な形の杉や樹齢300年以上の巨木を間近で観賞することができます。

夏の佐渡についてさらに知るなら
妙宣寺

紅葉の彩が映える寺社を巡る

佐渡における紅葉の見ごろは10月中旬~11月上旬。紅葉の名所としては「紅葉山公園」が挙げられます。佐渡に流された世阿弥が『金島書(きんとうしょ)』の中で、その美しさを詠んだことで有名です。ここを起点として、島中央の国中エリアに点在する紅葉が美しい寺社を巡りながら、佐渡の歴史ロマンに思いを馳せてみてはいかがでしょう。

妙宣寺」(写真)は、佐渡に流された日蓮の直弟子である阿佛房日得上人が住んだ阿佛寺が前身と伝わり、境内にある県内唯一の五重塔に映える紅葉が見事です。

慶宮寺」は真言宗の寺で、寺名は順徳上皇第一皇女慶子宮が日々を過ごされた言い伝えに由来します。紅葉の時期には落ち葉を踏み分け登る階段に風情があります。

清水寺(せいすいじ)」は、京都の清水寺を模して建立したと伝えられ、仁王門から、清水の舞台を彷彿させる救世殿(ぐぜでん)に行き着くまでの石段の道と、天高くそびえる大木の杉並木が、古寺の美しさをたたえています。

秋の佐渡についてさらに知るなら
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冬の絶景を眺めながら“湯ったり”

佐渡の冬の楽しみの一つが温泉です。意外に知られていませんが、島内各地には多くの湯どころが点在しており、日本海の絶景が望める温泉宿も多くあります。その中から、岩を砕くような迫力満点の日本海の荒波や、雪が積もった山水画のような山々など冬の絶景を眺めながら“湯ったり”できる各エリアの温泉宿をご案内します。

相川温泉の「佐渡リゾートホテル吾妻」は、佐渡北部山系でもっとも西に位置することから「夕陽にいちばん近い宿」と言われ、大浴場から望む七浦海岸に入りゆく夕陽はまさに絶景です。

八幡温泉の「国際佐渡観光ホテル八幡館」は、真野湾と佐渡山脈を一望する歴史あるホテルで、松林庭園を望む風流な露天風呂を楽しむことができます。

加茂湖温泉の「湖畔の宿 吉田家」は、江戸時代・安政年間創業の歴史ある宿。かけ流しの屋上展望露天風呂からは、佐渡山脈・日本海・加茂湖の雄大な景観が広がります。

冬の佐渡についてさらに知るなら

佐渡で能楽に触れる

世阿弥が歩いた道の途中にある「佐渡談笑広場」に建つ世阿弥像

佐渡に能楽が根付いた歴史を辿る旅へ

佐渡には、かつて200以上の能舞台がありました。現在は30余りですが、実際に能楽が演じられている現役の能舞台は8つほどで、能楽がとても盛んな土地なのです。なぜ本土から離れた離島で能楽が根付いたのでしょうか?

それは室町時代、能の大成者である世阿弥が佐渡に流された史実と関係していると考えられています。

実際に能楽が広まったのは江戸時代に入ってから。金銀の資源に恵まれた佐渡が幕府の天領(直轄地)となり、初代佐渡奉行として江戸から派遣されてきた大久保長安(おおくぼ ながやす/ちょうあん)によって花開きました。

佐渡に能楽を根付かせた世阿弥と大久保長安。その足跡を辿りながら、佐渡の文化や風土を知る旅へと皆様をご案内しましょう。

正法寺

世阿弥が歩いた道を辿る

将軍・足利義教の怒りを買った世阿弥は、1434年(永享6年)5月、72歳頃で佐渡に流されました。
世阿弥が佐渡での日々を綴った『金島書(きんとうしょ)』をもとに、佐渡の国の津(港)に流れ着いてから配所に至るまでの世阿弥の歩いた道を辿ってみましょう。

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上陸の地

世阿弥が着岸した港は「大田の浦」(現在の松ヶ崎)で、越後との最短地点です。「鴻ノ瀬鼻(こうのせはな)灯台」が建ち、広場に「着岸地の記念碑」もあります。配流となった順徳天皇や日蓮上人も上陸した地として知られています。

峠越え

世阿弥は、大田の浦に一泊し、翌日、笠取峠を越えて配所に向かいました。
現在、笠取峠越えの道は、中部北陸自然歩道「世阿弥のあるいた笠取峠のみち」として全長約15km、約4時間半のハイキングコースとして整備されています。その起点は「黒根バス停」で終点は「小倉学校前バス停」と、簡単にアクセスできるのも魅力。道中、青々とした海を眼下に望む展望台もあり、雄大な山々や林道、棚田などの眺めは季節を変えて何度も訪れたい魅力に満ちています。

長谷寺から配所へ

笠取峠を越えた世阿弥は「長谷寺(ちょうこくじ)」に立ち寄りました。
長谷寺は、奈良大和路の「長谷寺」を模した古い寺で、世阿弥が参詣したと伝えられる弘法大師作の「十一面観音立像3体(国の重要文化財)」をはじめ、歴史を物語る文化財を多数目にすることができます。

長谷寺を後にした世阿弥は国仲平野に出て、その夜に最初の配所である新保の「万福寺」に到着します。
万福寺は現存していませんが、寺があったとされる場所は現在、佐渡市役所になっており、庁舎前に「万福寺跡」の石碑が建っています。

万福寺で世阿弥はいくつかの曲を残しますが、近くで合戦が起きたため、この年の暮れ、配所を泉の「正法寺(しょうぼうじ)」へと移します。
「正法寺」(写真)には、世阿弥のお腰掛け石が残されています。また、毎年6月には蝋燭の灯りによる「正法寺ろうそく能」が行われ、その際には世阿弥が雨乞いの舞に使ったと伝わる県内最古の面「神事面べしみ」が一般公開されています。

正法寺で世阿弥の歩いた道を訪ねる旅は終わりますが、正法寺からそう遠くない「佐渡歴史伝説館」では等身大ロボットによる世阿弥の雨乞いの舞を鑑賞することができます。

春日神社

佐渡に能楽を広めた大久保長安の思いを受け継ぐ「春日神社 能舞台」を訪ねる

初代佐渡奉行の大久保長安は能楽師の息子であったことから、佐渡赴任にあたり、シテ方・囃子方・狂言方を同伴しました。そして佐渡各地の神社に能を奉納し、武士だけではなく庶民にも広く能を開放しました。
その大久保長安により、1605年(慶長10年)相川春日崎に建てられたのが「春日神社」です。

春日神社は1619年に現在の場所(相川下戸村)に移され、能舞台が建てられた1645年には佐渡で初めてとなる神事能が奉納されました。ここから島内各地に能が広がったことで、春日神社は佐渡における能の発祥地とされています。

その後、春日神社の能舞台は徐々に老朽化していき、明治時代に姿を消してしまいます。
しかし2006年(平成18年)、春日神社建立400年を機に地元住民の熱意により、羽茂地区の諏訪神社から使われなくなった能舞台が移築され、能の発祥地として再びよみがえりました。

現在この能舞台では、毎年数回の幻想的な薪能をはじめ、地域活性化に役立つ様々な催しが行われており、「佐渡おけさ」や「相川音頭」などの郷土芸能も披露されています。
大久保長安の思いをいまに受け継ぐ春日神社 能舞台は、佐渡能楽の発祥と現在を感じることのできる貴重な場です。

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