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  • 静岡県・浜松城

浜松城の歴史と主要人物

若き頃の徳川家康銅像

徳川家康が築城し、約17年間を過ごす

浜松城の前身は今川氏の城でしたが、徳川家康が攻略すると元亀元年(1570)に岡崎城を嫡子の信康に譲って本拠を移し、地名を浜松と改め新たに城を築城しました。以後、家康は29歳から17年間を浜松城で過ごしました。その間には姉川、長篠、小牧・長久手など多くの戦があり、中でも武田信玄と激突した三方ヶ原の戦いは家康一世一代の難戦となり最大の危機だったと伝えられています。

水野忠邦

水野忠邦など譜代大名9家22代が城主を務める

家康は天正14年(1586)に駿府城へ本拠を移しました。その後の浜松城は幕末まで譜代大名が次々に入れ替わり、城主となったのは265年間でなんと9家22代でした。歴代城主は幕府の要職に就いた人が多かったことから浜松城は「出世城」とも呼ばれました。中でも天保の改革で有名な水野忠邦は浜松城主時に寺社奉行、そして文政11年(1828)には老中の座にのぼりつめました。

  • 1注釈は最下部に記載

浜松城と能楽の関わり合いを調査!

浜松城×能楽

城の年中行事として正月に「謡初」をはじめた家康

城の年中行事として正月に「謡初」をはじめた家康

浜松城を築城し、駿府城に移るまでの17年間を過ごした徳川家康は人質として今川氏に預けられていた頃から能に親しみ、観世十郎大夫から稽古を受けていたとされています。観世十郎大夫は、駿河の今川氏に保護されていたことから「駿河十郎大夫」とも呼ばれ、やがては家康の能の指南役となり「風姿花伝」「申楽談義」などの世阿弥伝書を家康に献上しています。

家康は岡崎城時代から、のちに江戸幕府(江戸城)で年中行事となる「謡初(うたいぞめ、うたいはじめ)」を執り行っています。謡初とは新年最初に能の謡曲を謡う儀式。将軍・御三家・諸大名列座のもと、観世大夫(家元)をはじめ、他流儀の大夫の謡が行われました。謡初が終わるまでは他で謡うことができなかったとされています。謡初が終わると将軍自らが観世大夫に肩衣を脱ぎ与え、続いて大名たちも肩衣を大夫に投げ与えられました。

  • 2注釈は最下部に記載
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家康の戦勝を祝って舞われた「弓矢立合」

浜松城時代の家康には、能の先生として観世十郎大夫の弟である七世観世大夫元忠宗節が仕えていました。この二人の深い結びつきを示す逸話が伝わっています。

浜松城を築城2年後の元亀3年(1572)、家康は三方ヶ原の戦いで武田信玄の軍と激突しますが、徳川軍は総崩れとなり、家康は浜松城に逃げ帰ることになり、兵たちも城に戻れるようにと城門を開けました。しかし、それを見た信玄は「空城計(くうじょうけい。中国の兵法にある敵の警戒心を誘う奇策)」と誤解し、軍を引きました。浜松城内で武田方が去っていくという報告を受けた家康は、近くにいた観世大夫元忠宗節に着ていた小袖を与え、拝領の小袖を宗節はその場で身に付け「弓矢立合(ゆみやたちあい)」という戦勝の曲を舞ったとされています。以来、謡初でも弓矢立合が舞われるようになったとも伝えられています。

  • 3注釈は最下部に記載

浜松城 特別映像

「静岡県・浜松城」×「忠度」
浜松城に関するクイズ
能「忠度」舞の紹介

浜松城 × 能楽師の関係を探る

能楽師インタビュー

松韻亭茶室能

浜松城と観世家 能楽を愛した武士たちを想う
山階彌右衛門インタビュー

能楽を大成した観阿弥、世阿弥の子孫である観世家は、浜松城で七世観世大夫が徳川家康に仕え、のちに能楽を江戸幕府の式楽(公式行事等に演能される幕府公認の芸能)へと導きました。
二十五世観世宗家の次男として生まれ、現在は浜松城公園内茶室で定期開催されている能楽教室の講師も勤めるシテ方観世流の山階彌右衛門さんに、浜松城と観世家の関わりから武士にとっての能楽、さらに今回、浜松城 特別映像として制作している能「忠度」の魅力について伺いました。

徳川家康が野戦の拠点として築いた頑丈な城

浜松城の見どころ

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築城時のまま今も残る野面積の石垣

浜松城は、明治の廃城令により、ほとんどの建物が取り壊されましたが、天守台と本丸の石垣が築城時のままに残っています。浜松城は野戦の拠点として想定されたため築城が急ぎ行われ、石垣を築くのも突貫工事で進められました。そのため、採石時の形のままの粗削りな岩を積み上げた「野面積(のづらづみ)」となっており、荒々しい迫力に溢れています。

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昭和以降に再建された天守と天守門

三重三階地下一階の天守(写真)は昭和33年(1958)に再建されたものです。新天守の展望台からは浜松市街を一望でき、城内には歴史的資料、武具などが展示されています。一階の売店には、御城印をはじめ、浜松城限定の手形など約100種類の土産が揃っています。また、発掘調査で見つかった礎石や19世紀の絵図をもとに平成26年(2014)に復元された天守門も必見です。

浜松有数の桜の名所・浜松城公園

浜松有数の桜の名所・浜松城公園

城の周囲は浜松城公園として整備され、日本庭園、中央芝生広場などがあり、市民の憩いの場として親しまれています。浜松有数の桜の名所としても知られ、ソメイヨシノを中心に約360本の桜が咲き誇り、夜間のライトアップも行われ、多くの花見客で賑わいます。公園には、浜松市のマスコットキャラクター「出世大名家康くん」が毎週日曜日に登場し、人気を集めています。

アクセス

住所

〒430-0946 静岡県浜松市中区元城町100-2

連絡先

053-453-3872

交通案内

JR浜松駅から車で約5分

最寄のバス停

「市役所南」(遠鉄バス)から徒歩6分

駐車場

浜松城公園駐車場が有り

ウェブサイト

https://www.entetsuassist-dms.com/hamamatsu-jyo/ (公式)

写真協力/公益財団法人浜松・浜名湖ツーリズムビューロー
 
  • 1 水野忠邦公御肖像 所蔵館=東京都立大学図書館(加工)
  • 2 「千代田之御表 御謡初」楊洲周延(ようしゅうちかのぶ)画 明治30年(1897)刊 大判錦絵3枚続 所蔵館=東京都立中央図書館特別文庫室(加工)
  • 3 「千代田之御表 御謡初」楊洲周延(ようしゅうちかのぶ)画 明治30年(1897)刊 大判錦絵3枚続 所蔵館=東京都立中央図書館特別文庫室(部分)

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