中尊寺能を支える平泉の民〜平泉の能楽の現在

中尊寺の鎮守である白山神社に春と秋に奉納される「中尊寺能」は、中尊寺各寺院の僧侶がシテ、ワキ、囃子、狂言を勤め、地元の人々が地謡を勤めるという全国でも珍しい演能形式で行われています。

その地謡を担当する謡の会「平泉喜櫻會(ひらいずみきおうかい)」のメンバーとして、そして楽屋働きなど裏方として中尊寺能を支えているのが菊池幸介さんです。

東京での大学時代に能楽に魅せられてシテ方喜多流の佐々木多門氏に師事し、平泉に帰郷されてからは平泉町が運営する宿泊交流体験施設「浄土の館(たち)」の経営に携わりながら能楽講座などを主宰する菊池さんに、平泉で暮らす人から見た中尊寺能や平泉の魅力についてお伺いしました。

 

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菊池幸介(きくち・こうすけ)

1980年 平泉町生まれ。大学進学のために上京し、大学在学中からシテ方喜多流の佐々木多門氏に師事。謡・舞に加えて、囃子(大鼓、太鼓、小鼓)の稽古も始める。

2016年に平泉に帰郷し2017年「合同会社ひらいずむ」を設立。町が運営する宿泊交流体験施設「浄土の館」を開業。能楽講座などを主宰するほか、プロの能楽師を招聘して能楽のワークショップなども開催している。

東京の大学時代に能楽の魅力に出会い、謡と囃子の稽古に打ち込む

平泉出身の菊池さんが能楽の存在を意識したのは小学生の頃。同級生に、中尊寺能で狂言方を勤める僧侶のご子息がいたのです。その同級生こそが、現在、狂言方和泉流で野村萬斎氏門下の能楽師として活躍されている破石晋照(はせきくにあき)氏でした。

「破石さんとは30年以上の付き合いになりますが、彼がお寺の子で、当時は小学校の教科書に『附子(ぶす)』が載っていたのですが、その狂言というものを習っているらしい、というようなことは知っていました。

破石さんのお父上、澄元(ちょうげん)さんも中尊寺の僧侶であり、狂言方和泉流でもあるのですが、そのご縁もあってか野村万作家の方々が小学校公演で来てくださったり、地域学習の一環で中尊寺のお舞台で『土蜘蛛』を観る機会があったりして、『平泉にはこういうものが伝わっているんだなあ』と認識はしていました。

余談ですが、先日、平泉町役場の方から『倉庫からこんなものが出て来たよ』と渡された冊子がなんとこの『土蜘蛛』の時のパンフレットでして『あ、あの時の頼光、多門先生だったのか!(笑)』と繋がりました。実に30年近く前の出来事なのに、その後多門先生に師事してから早20年なのですから、何とも不思議なご縁だと感じました。

その後、破石さんとは一浪するまで一緒という腐れ縁でして、学校は違いましたが、同じ年に東京の大学へ進みました。上京して彼は狂言の稽古を再開していましたが、遊びに行くと小舞謡やセリフの覚え物をしていて、よく付き合わされた思い出があります。そのおかげで、狂言の小舞謡も最初の方の20番くらいは今でも謡えます……内緒にしてますけど(笑)。

そんな大学生活を送っていた時、たまたま日本文学の授業でお能をテーマとされていた池上康夫先生に出会い、『平泉出身です』と言ったら『大鼓やってみるか』と誘われて、先生の紹介で大鼓方葛野流の故・上条芳暉(かみじょうよしてる)先生のもとで習い始めたのが、自分にとっての最初の稽古でした」

平泉での学生時代は吹奏楽部に所属し、高校時代にはクラシックの声楽に傾倒するなど、もともと音楽好きだった菊池さん、すぐに大鼓の面白さの虜になりました。

「囃子の稽古は先生が拍子盤(能の稽古で大鼓などの代わりに張扇で打って拍子をとるために用いる木製台)を打って下さいますが、初めて聞いた拍子盤の鮮烈な響きは未だに忘れられません。以来、能楽公演にも足繁く通うようになり、謡にも惹かれていきました。

クラシックの声楽はイタリア歌曲が基礎となるので、歌う歌もイタリア語やドイツ語、或いはラテン語といったものが中心になります。そういう歌を習っていた自分にとって謡はある種衝撃でした。『謡は分かりにくい、聞き取り辛い』みたいな話も聞いてはいましたが、一番初めに自分でチケットを買ってお能を観に行って、謡を聞いた時の率直な感想は『こんなにわかりやすいものはない』でした。古文ではあるけれどダイレクトに日本語が伝わってくることに感動したんだと思います。それで、ああ、これなら一生やっても飽きないだろうなあと感じたのですが、その直感は間違っていなかったですね」

そこで、謡を習いたいと破石氏に相談したところ、紹介されたのが、中尊寺能でシテ方を代々勤める寺院をご実家に持ち、喜多流の能楽師になられた佐々木多門氏でした。

多門氏から謡、そして後には舞も習うようになり、大学院に進学された菊池さんの能楽への探求心はさらに旺盛になっていきます。発表会の際、自身の出演した舞囃子で囃子を担当してもらったことなどをきっかけに出会った太鼓方観世流の小寺真佐人氏、小鼓方幸流の住駒充彦(すみこまみつひこ)氏にも師事し、謡と併行して囃子の稽古も始めました。

その後、首都圏のホテルに勤務しますが、それにも能楽が大きく関係していました。

「もともと宿屋稼業に興味はありましたが、ホテル勤務だったら夜勤が多いので平日の昼間に稽古に通えるという目論見もありました。実際、夜勤明けで稽古に行ったり、舞台を観に行ったりしていました」

こうして、能楽と出会ってからの16年間、一度として途切れることなく、能楽の稽古に打ち込む日々を過ごされた菊池さんでした。

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宿泊交流体験施設「浄土の館」で子どもたちに小鼓の手ほどきをする菊池幸介さん

平泉に栄えていた奥州藤原氏の時代を想像する面白さ、平泉と能に共通する魅力

首都圏で能楽の稽古に明け暮れる日々を過ごされていた菊池さんが、平泉に帰郷されたのは2016年のことでした。家の事情等もあり、いつかは平泉に戻ろうと決めていましたが、帰郷した理由のひとつには中尊寺能のことも頭にあったそうです。というのは、佐々木多門氏に師事したその年から毎年、春と秋の中尊寺能に多門氏とともに赴き、舞台を手伝うようになっていたからです。

「お寺のお能では、作り物(舞台装置)を作ったり装束を付けたり揚げ幕を上げたりという楽屋働きも自分たちで全てするのですが、これは自分たちでお能を勤めなければできないことでして、謡や仕舞を習っていてもできない経験ですし、する必要は無いものだと思います。ですが、いわゆる【裏の楽屋内の仕事】が本当に勉強になりました」

やがて地謡としても舞台を支えるようになった菊池さんがあらためて強く感じたのは「能とは神様や仏様に手向けるもの」ということだったと言います。

「このことは入門した時から多門先生がおっしゃっていたことで、だからこそ中尊寺にはお坊さんたちと地元民が一緒にお能を勤めるという、ここにしかないお能の形があり、それが大切なんだと思います。その中尊寺能を途絶えさせないで続けていくためにも、平泉に戻ろうと決意しました」

2017年には、ホテル勤務の経験を生かして、町が運営する宿泊交流体験施設「浄土の館」を開業。そして、翌2018年には、平泉・一関エリアを東北有数の観光地にするために設立された「一般社団法人世界遺産平泉・一関DMO」の理事となり、地域経営や地域の魅力発信にも関わるようになりました。そんな菊池さんが感じる平泉の魅力を教えていただきました。

「平泉を中心に栄えた奥州藤原氏の文化は4代およそ100年間で、それも900年も前のことであり、今でも当時の本当のことはよくわかっていないというところが魅力だと思っています。現在も発掘作業は続けられていますし、私が小学生の時に定説だった平泉の歴史が、その後の考古学的発見によって覆っている部分も多々あります。

世界遺産平泉・一関DMOのサイトに『美しき余白の地へ』というキャッチコピーが大きく掲載されていますが、まったくもってその通りで、かつてここに京都にも匹敵する都市と文化が栄えていて、その残り香みたいなものだけが残っている。そこが平泉の最大の魅力だと思います。もうここには存在していないかつての姿をイメージする面白さ、それはちょっとお能にも共通することのような気がします」

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菊池さんが代表を務める「浄土の館」は世界遺産・毛越寺の駐車場直結という好立地に建つ
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浄土の館の洋室。宿泊室は全部で5つあり、それぞれ定員2〜5名。その他に共用スペースとして談話室などがある

 

能楽の楽しさを伝えるため、能楽師を招いてワークショップを開催

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太鼓方観世流の小寺真佐人氏を浄土の館に招いて開催した太鼓を体験するワークショップ

浄土の館では、「泊まれる文化施設」をコンセプトに、能楽の楽しさを体験してもらおうと「ひらいずむ伝承塾」と名付けた能楽講座を開催しており、菊池さんが講師となり、宿泊客や地元の人々に、謡と囃子の体験や能楽全般についての解説を行っています。

さらに、2021年3月には、師匠であるシテ方の佐々木多門氏をはじめ佐藤寛泰氏、谷友矩氏、狩野祐一氏と、囃子方の計8名のプロの能楽師を一関市の一関文化センターに招いて「いわての能楽文化・後継者育成ワークショップ」を開催しました。

「もっと多くの人に能楽に興味を持ってもらうためには、プロの先生たちの実際のお舞台を見てもらい、直接手ほどきをしてもらうことが一番だと思い、お能のすべてを体験できるワークショップを企画しました」

ワークショップには、小中高生を中心に50名ほどが参加。舞・謡・笛・小鼓・大鼓・太鼓の各体験をしてもらい、装束付けの実演を行ったあと、第一線で活躍する能楽師たちによる実演が披露され、大きな話題を呼びました。

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2021年3月開催の能楽ワークショップで舞囃子「羽衣」を披露する佐々木多門氏
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能楽ワークショップに出演された囃子方の皆さん。
左から、太鼓方観世流の小寺真佐人氏、大鼓方葛野流の亀井洋佑氏、小鼓方幸流の住駒充彦氏、笛方一噌流の藤田貴寛氏

「後継者育成」と名付けられたこのワークショップですが、目下の課題である能楽の後継者不足については、それほど心配していないと菊池さんは言います。

「こういうワークショップを開催してはいますが、歴史的にみると能楽に限らず、どんな芸能にも栄枯盛衰、流行り廃りがありますから、絶やさないために絶対に興味持ってくださいと強制するつもりはありません。でも、かつての自分がそうだったように『なにこの音、すごい!』とか『なんでこれが600年も続いているんだろう?』とか、感動や疑問、発見をしてくれる人が少しでも出てきてくれたら嬉しいですね。それは自発的に「じゃあ、やってみるか」ということの種になると思うのです。地方でこういうワークショップを開催するのは資金的にも先生方のスケジュール的にも結構大変なのですが、何とか継続していきたいですし、その中で中尊寺能の謡を継承してくれる人を発掘していけたらと思っています」

菊池さんをはじめ、平泉の人々が中尊寺の僧侶と一緒に連綿と受け継いできた中尊寺能、平泉に足を運び、ぜひご鑑賞ください。

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