平泉と縁が深い源義経が登場する能の演目

平泉は、源義経が少年時代を過ごすとともに、悲運の生涯に幕を下ろした最期の地。

義経は、その活躍の鮮烈さ・謎めいた生涯・悲劇的な最期から歴史上人気が高く、15世紀頃には義経の一代を物語にした「義経記(ぎけいき)」全八巻が記されました。

能においても義経は数々の能の演目に登場し、人気の演目も多くあります。その中から代表的なものをご紹介します。

鞍馬天狗

大天狗と牛若の絆を描いた賑やかで楽しさ溢れる曲

鞍馬天狗
鞍馬天狗の物語
京都・鞍馬寺の僧たちが稚児たちを連れ花見に出かけますが、一人の山伏(前シテ)が現れ興を妨げたので一行は立ち去ります。一人その場に残った牛若は山伏に言葉をかけて一緒に桜を眺めます。山伏は、自分は鞍馬山の大天狗であると名乗り、兵法を授ける約束をして立ち去ります。翌日、大天狗(後シテ)が現れ、牛若に兵法を伝授し、将来の守護を誓い消え失せます。

鞍馬天狗は、義経が牛若(沙那王)と呼ばれていた幼少時代を題材として、大天狗が牛若に武術を教え、平家を倒し源氏の再興を期する物語です。上演時間はさほど長くはありませんが、登場人物が多く、謡や所作も変化に富み、全体に賑やかな楽しさ溢れる演目です。

前場は、大勢の花見の稚児たちが舞台に登場する華やかな場面があります。稚児を勤める子方たちは「花見」と呼ばれ、能楽師の子どもが歩けるようになると最初に勤めるものとされています。

その後は満開の桜のもとで山伏と牛若の心のふれあいが描かれます。後場は、牛若に授けられた兵法の物語や、大天狗の豪快な動きが見どころです。

天狗といえば、高い鼻の赤ら顔が思い浮かびますが、能の天狗は「大癋見(おおべしみ)」という目鼻が大きく彫りの深い力強い面を付け、羽団扇(はうちわ)を手にして堂々たる威厳ある姿を現しています。

烏帽子折

牛若から義経への門出を描いたスペクタクルな大曲

鳥帽子折の物語
鞍馬を出奔した牛若は、金を扱う商人・吉次信高一行に同行し、奥州平泉を目指します。鏡の宿(現在の滋賀県竜王町鏡)に着くと、牛若は追っ手が掛かったことを知り、童髪の稚児姿のままでは人目に付くため元服を思い立ち、その土地の烏帽子屋を尋ねます。牛若は、鳥帽子屋の主人(前シテ)に源氏の象徴である左折れの烏帽子を所望し、その礼として一刀を与えます。しかしそれを源氏ゆかりの守刀と知った烏帽子屋夫婦は驚き、餞別に牛若に一刀を返します。やがて吉次一行は美濃の国赤坂に到着し、宿を取りますが、そこで大盗賊の熊坂長範(後シテ)一味の襲撃を受けます。牛若はたった一人でこれを退け、首領の熊坂まで斬り伏せてしまうのでした。

烏帽子折(えぼしおり)は、前場では牛若と源義朝の遺臣の烏帽子屋夫婦との出会い、後場では熊坂長範ら群盗との戦いが描かれる、セリフを中心にした演劇的な展開が魅力の演目です。

シテは前場では烏帽子屋の主人となり、後場では大太刀をふるう熊坂長範に扮します。牛若は子方が勤めますが、前場と後場を通して活躍する大役のため、子方の卒業曲として上演されることが多くあります。

ワキの吉次信高は「金売り吉次」として知られる人物で、東北の金を商って財を成し、牛若と平泉の藤原秀衡を引き合わせたと言われています。実在の人物かどうか証拠は見つかっていませんが、東北地方一円に伝説や昔話が残っています。

なお、この熊坂と牛若との戦いを描いた「熊坂」という演目もあります。こちらの曲は熊坂長範の亡霊が現れて、いかに自分が牛若と戦ったかを語る内容で、この鳥帽子折での戦いを熊坂側の視点から描いています。

橋弁慶

弁慶と牛若の劇的な出会いが描かれた親しみやすい曲

橋弁慶
橋弁慶の物語
弁慶(シテ)が北野神社へ丑の刻詣に出ようとすると、従者から五条の橋(現在の京都市下京区松原橋)に妖しい少年がいて人を斬って回っていると引き止められます。しかし、弁慶は長刀をかついで出向き、その少年との打ち合いに望みます。その少年こそ、後に義経となる牛若でした。

橋弁慶は、有名な牛若と弁慶との出会いを描いた親しみやすい能で、子役が活躍し、能をはじめて見る人も楽しく鑑賞できる演目です。

義経記にもあるように、千本の刀を集めるために夜な夜な五条の橋で刀を持った人を襲っていたのは弁慶で、牛若に出会い、手玉にとられて降参して配下となるという物語が多い中、この演目では牛若が千人斬りをしている設定となっている点が特徴です。

弁慶がシテとなり、牛若は子方(子役)が勤めますが、能としては珍しく、ワキ(シテの相手役)が登場しません。

最大の見どころは、後場の弁慶と牛若の戦いの場面です。謡の状況描写に合わせて、子方が大人のシテと渡り合い華麗に動き回る斬り合いは、迫力の中にも爽やかな気品が感じられ、思わず引き込まれます。

八島(屋島)

臨場感あふれる軍物語が魅力の修羅能の大作

屋島
八島(屋島)の物語
旅僧が八島の浦(現在の香川県高松市屋島)で老若二人の漁師に出会います。老翁(前シテ)は源平合戦の模様を語り、自分が義経の化身であると仄めかして消え去ります。その夜、旅僧の夢の中に義経の亡霊(後シテ)が現れ、修羅道に落ちた苦しみを語ります。

八島(やしま、観世流では屋島と表記)は、能の中で義経がシテ(主人公)として登場する唯一の演目です。

「平家物語」に出てくる「屋島の戦い」を題材として世阿弥が作った曲で、義経は死後に修羅道に落ちた亡霊として武将の姿で現れ、当時の戦の様子を語ります。雄々しい立ち姿で刀を構え、力強い足拍子など迫力ある舞台で人気があります。戦の荒々しさを描きつつも、それを屋島の浦の風雅と重ね合わせて情景が際立つ物語となっています。また前場と後場の静と動の対比が、能「八島」の世界に魅入られるポイントでもあります。

このような武将や戦をテーマにした曲は「修羅物(しゅらもの)」と呼ばれ、その中でも「勝修羅(かちしゅら)」「負修羅(まけしゅら)」と分けることができます。能「八島」は勝者側の義経の語りとなるため勝修羅に属し、能「田村」「箙(えびら)」とともに勝修羅三番と呼ばれる大作です。

正尊

起請文の読み上げと変化に富む斬り合いが魅力

正尊
正尊の物語
京都に留まっていた義経は、鎌倉から土佐坊正尊(シテ、金春流と金剛流ではツレ)が上洛したと聞き、弁慶(ワキ、金春流と金剛流ではシテ)に正尊を連れて来させます。義経暗殺の計画を詰問された正尊は偽りの起請文を読み上げます。その夜、正尊は、討ち入りを察した弁慶に迎え討たれ、捕らえられます。

正尊(しょうぞん)は、土佐坊正尊が義経に討ち取られた史実をもとにして作られた現在能の直面物です。安宅、木曽とともに三読物の一つとされる「起請文」が含まれ、舞台に出る人数が非常に多く、聴きどころ・見せ場のはっきりした劇的な構成が魅力です。

前場の見どころは、正尊が身の潔白を証明するためにとっさの機転で書いた起請文を読み上げる場面です。観世流・宝生流・喜多流ではシテ(主役)の正尊が起請文を読み、金春流・金剛流ではシテの弁慶がツレ(シテの助演者)の正尊が書いた起請文を渡されて読みますが、いずれの場合も囃子のリズムに合わせて抑揚に富んだ読み方をするのが特徴です。

後場はうって変わり、「斬組(きりくみ)」と呼ばれる戦いの場面が見どころとなります。舞台上で実際に太刀を抜き持ち、正尊方、義経方、それぞれ数名が入り乱れながら戦いの様子を演じますが、正尊方は次々と斬られていき宙返りや仏倒れ(身体をまっすぐにしたまま仰向けに倒れる所作)などアクロバティックな立ち廻りが披露され、見応えがあります。

なお、義経を扱う演目のほとんどは義経や弁慶の機転を称える物語となっていますが、この演目ばかりは弁慶や義経の敵である正尊を主役級に扱っている点で変わり種の作品と言えます。

船弁慶(船辨慶)

前場の優美さと後場の勇壮さの対照が際立つ人気曲

船弁慶
船弁慶(船辨慶)の物語
兄・頼朝と不和になり都落ちを決意した義経は、弁慶一行と大物の浦(現在の兵庫県尼崎市大物浦)へ向かいます。静御前(前シテ)との名残惜しい別離を済ませ船出すると天候が急変し、激しい荒波とともに平知盛の亡霊(後シテ)が現れます。しかし、弁慶の懸命の祈祷により亡霊は退散します。

船弁慶(流儀により表記が一部異なる)は、義経記に出てくる「義経都落ちの事」や平家物語を題材として作られた演目です。義経物でおなじみの静御前や弁慶が登場する親しみやすい曲で、弁慶の語りを中心に物語は進んでいきます。

前場は、静御前と義経の悲しい別れが描かれますが、後場では一転、知盛の怨霊が義経一行に襲いかかるという劇的な場面で構成され、その変化に富んだ展開から、上演される機会も多い人気曲です。

シテは、前場では優美な舞を舞う美しい静御前、後場では長刀を振るう荒々しい平知盛の怨霊という、まったく異なった役柄を演じ分け、それとともに謡・囃子の強弱、緩急もまったく異なったものとなっているのが特徴です。

安宅

緊張感溢れる展開が最後まで続く超大曲

安宅
安宅の物語
山伏の一行に姿を変えて源頼朝から逃れ、北陸道を行く義経一行は安宅の関(現在の石川県小松市安宅町)で関守の富樫に止められます。弁慶(シテ)は即座の機転で勧進帳を読み上げ、無事脱出できたと思いきや……。

安宅は、シテが実在する人物として登場する「現在能」、面をつけない「直面(ひためん)物」の代表作で、舞台に出る人数が多く、弁慶が次々と起こる危機的な状況を勇敢さと知略で解決していく見どころの多い曲です。

弁慶が即興で朗々と勧進帳を読み上げる場面が随一の聞かせどころで、囃子も絶妙な間で謡を盛り上げます。この勧進帳の謡はリズムや旋律が複雑で難しく、能「正尊」の起請文、能「木曽」の願書とともに「三読物(さんよみもの)」として、能の中では極めて重い扱いをしています。

さらに、変装した義経を見とがめられ、弁慶がとっさに金剛杖で義経を打つ場面、義経方と富樫方のせめぎ合いと息もつかせぬ展開が続きます。関を無事に通過した後、義経が悲劇を語る場面も聞かせどころですが、そこへ富樫が訪れ、最後には弁慶の機転と舞によって、ようやく窮地を脱することができるという気の抜けない展開を、囃子や舞とともに堪能できます。

歌舞伎十八番の一つ「勧進帳」のもとになった演目です。

義経がシテとして登場しない演目が多数

今回ご紹介した演目のほかにも源義経が登場する作品はありますが、そのほとんどで義経は主人公ではなく、子方やワキとして登場します。上記演目の中でも義経がシテとして登場するのは「八島(屋島)」だけです。

そこには、様々な登場人物の立場から義経という人物を観る楽しさがあります。いろいろな公演に足を運び、自分だけの義経像を模索してみてはいかがでしょうか。

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