国生み神話の舞台として知られる淡路島をめぐろう!と観光マップを開いてみると、思いのほか寺社仏閣が多いことに気づきます。神社や寺には祭礼や法要がつきもので、それにともなって芸能や行事が伝承されていることも多くあります。

淡路島の祭礼では神輿やだんじり(山車=だし)が巡行し、だんじり唄・神楽・獅子舞、また風流踊りやささら踊りといった古い形式を残した踊りが奉納され、数多くの芸能や伝統行事が残されています。

本記事では、淡路島に残る芸能の中から500年以上の伝統を有し、国の重要無形民俗文化財にも指定されている「淡路人形浄瑠璃」を紹介します。

淡路人形浄瑠璃とは

01
淡路人形座で今も上演されている「戎舞」

人形浄瑠璃は浄瑠璃という三味線を伴奏とする語り物と人形によって演じられる人形芝居です。

人形浄瑠璃というと、能楽と同じくユネスコの無形文化遺産に登録されている文楽をイメージされる方がほとんどだと思います。

文楽が現在、人形浄瑠璃の代名詞としてなっているのは、大正時代以降に一定の規模で定期公演を行うことのできる団体が『文楽座』のみであり、人形浄瑠璃といえば文楽として人々に定着していたためです。

かつては文楽以外の人形浄瑠璃も存在しました。その中でもとりわけ隆盛し、大阪の浄瑠璃界とも密接な関係にあったのが、淡路人形浄瑠璃です。

淡路人形浄瑠璃の歴史は古く、室町時代に摂津西宮の百太夫(ひゃくだゆう)という人物が、海神であるえびす神の信仰を広めるために、戎舞(えびすまい)という人形操りを伝えたのがはじまりとされています。このころの人形操りは傀儡(くぐつ)と呼ばれ、人形を操る芸能者は傀儡師(くぐつまわし、かいらいし)と呼ばれました。百太夫は西宮の戎神社に属する傀儡師であったと言われています。

淡路人形浄瑠璃の特徴

全国を巡業しながら発展

淡路人形浄瑠璃の特徴のひとつは、旅興行を中心とする専業の芸能集団として発展したことです。最盛期となる江戸時代中ごろには、島内に40を超える座と1000人近い役者を擁し、大がかりな興行も行われていました。南は九州から北は東北地方まで、各地を旅して興行した淡路人形浄瑠璃が人形芝居に影響を与え、個々の民俗芸能として残された地域も少なくありません。全国各地に今も残る100か所以上の伝統人形芝居の多くは淡路人形浄瑠璃の影響を受けており、淡路島が人形芝居のルーツとも言われています。

大ぶりな人形によるケレン味溢れる演出

実際の舞台上での特徴ですが、人形が文楽のものよりも大ぶりなことです。これは屋外で上演する「野掛け芝居」を行ってきた影響で、見やすいように発展してきました。ひと回り大きな人形でのダイナミックな演技や早替わり(すばやく役を替える演出)、舞台背景を次々と変える「大道具返し」と呼ばれるカラクリなど、奇抜で派手なケレン味溢れる演出が特徴的です。

また、文楽が男性だけで演じられるのに対して、淡路人形浄瑠璃は昔から太夫(語り)や三味線、人形遣いにいたるまで男女関係なく演じられてきました。

一人遣いの演目も残る古式な芸能

現在の人形浄瑠璃は三人で一つの人形を遣う「三人遣い」がメインで、大きな特徴ともなっています。三人遣いは「主遣い(頭と右手、右腕)」「左遣い(左腕と左手)」「足遣い」を分担することで、手先を使った細やかな表現、また舞台を闊歩するようなダイナミックな動きが可能になります。
淡路人形浄瑠璃も三人遣いがメインですが、前出の傀儡と呼ばれていた時代のような「一人遣い」の演目として「式三番叟(しきさんばそう)」「戎舞(えびすまい)」という祝祷曲があり、古い伝統を残しています。こうした一人遣いの曲に、百太夫伝承以降の「傀儡」の系譜を観ることができます。

これら二曲は三味線が入りません。「式三番叟」は歌謡・笛・大鼓、「戎舞」は語り・太鼓で演奏される形式で古式を残しています。

02
文楽より一回り大きい淡路人形浄瑠璃の人形(淡路人形座バックステージツアーより)
03
通常は一体の人形を三人で操る三人遣いで上演されます(淡路人形座での前説より)

伝統を今に伝える「淡路人形座」

江戸時代に隆盛をほこった淡路人形浄瑠璃ですが、時代の変化にともない衰退の一途をたどります。

第二次大戦の終わり頃には消滅の危機にさらされていました。その後、存続と継承の機運が高まり、1964年に「淡路人形座」が誕生し、1969年に淡路島の各自治体が協力して「淡路人形協会」が発足します。
南あわじ市にある淡路人形座では、常設の専用舞台で休館日を除いて毎日4回の定時公演が催されています。そして学校公演や国内での出張公演にとどまらず、海外でも数多く公演を行っており、淡路人形浄瑠璃の魅力を広めています。「旅興行を中心とする専業の芸能集団」という伝統はいまも変わらず息づいています。

定時公演では開演前に座員さんによる前説があります。物語のあらすじから拍手のタイミング、おひねり(小銭を紙に包んで舞台に投げ入れるアレ!)を投げるタイミングまでていねいに解説してくれます。また、バックステージツアーのある回では、舞台に上がって人形を遣う時に使用する高下駄の体験や座員さんたちに直接お話を聞くことができます。実際に舞台で使われている人形との記念撮影もできて、座員さんたちのサービス精神満点の公演です。

04
淡路島の南、福良港にある淡路人形座。すぐ近くに鳴門のうずしおクルーズの発着場所である福良港があります
05
淡路人形座の舞台と客席
06
観客席の後ろにある資料展示コーナーでは、淡路人形浄瑠璃の歴史や人形の仕組みを解説。上演前後でお楽しみいただけます
07
バックステージツアーでは、舞台の背景が次々と変わって最後は千畳敷の大広間になる「大道具返し」の仕組みを間近で見たり、人形を遣う時に使用する高下駄をはく体験ができます

人形浄瑠璃と能楽との共通点

awaji_ph
能は仮面(能面)を付けた身体でもって立体化し表現します

淡路人形浄瑠璃をはじめ人形浄瑠璃と能楽は、よく類縁性が指摘されます。これはどちらも歌謡や語りによって紡がれる物語をかたや人形で、かたや仮面(能面)を付けた役者で具現化する芸能だからです。

さらに人形浄瑠璃の原点を古代から続く「傀儡」に求めるならば、両者は中世の混沌とした世界の中で互いに影響しあった仲といっても過言ではないでしょう。本来は感情を持たない木の人形や仮面が、舞台の場になると生身の人間以上に喜怒哀楽を表現する不思議さ。これこそが両者に共通する魅力ではないでしょうか。

国生みの地、淡路島に伝わる淡路人形浄瑠璃。淡路島を訪ねた際には、今もなお息づく芸能の息吹を感じていただきたいと思います。

 

 

SNSでシェアする