能楽と所縁の深い城を舞台に特別公演を開催する「能楽を旅する 名城×能楽公演」。岡山城(岡山県)では岡山後楽園 特別公演を開催しました。この特別公演において、能「敦盛」でシテ(主役)を勤めるシテ方観世流の観世喜正さんに、岡山城とご自身との関わりや能「敦盛」の見どころ、そして本公演の魅力についてお伺いしました。

 

 

観世喜正(かんぜ・よしまさ)

1970年、三世観世喜之の長男として生まれる。父に師事。

東京の矢来能楽堂を中心に、国内外の公演に多数出演するほか、講演や体験教室、また謡曲のCD化、能公演のDVD作成、多言語で演目の解説などを配信するタブレット端末の導入など、能の普及に多角的に取り組んでいる。札幌から長崎まで国内十数か所で指導にも当たる。著書に「演目別に見る能装束」(淡交社)がある。

公益社団法人観世九皐会理事、公益社団法人能楽協会理事。

江戸時代そのままの趣を残す、座敷に囲まれ屋外中庭に建つ岡山後楽園能舞台

岡山城と喜正さんとの関わりを教えてください。

喜正:岡山城の北側には、4代池田綱政が「やすらぎの場」として造った大名庭園で、現在日本三大名園の1つに数えられる岡山後楽園があり、その庭園内に能舞台があります。普段は一般公開されていませんが、毎年11月3日文化の日にはプロの能楽師による「後楽能」が開催されるなど、多くの人々が能や狂言に親しめる場となっています。この「後楽能」に10代の頃から出演させていただいてきたため、ほぼ毎年のように岡山城に通っています。

岡山後楽園能舞台の特徴を教えてください。

喜正:岡山後楽園能舞台は、江戸時代に後楽園に実際に存在していた能舞台を忠実に復元したものでして、周囲を座敷に囲まれた屋外中庭にあり、能舞台正面に能の見所として建てられた座敷「栄唱の間」から演能をご覧いただけます。

江戸時代の能楽師たちは、徳川将軍やお殿様たちに召し抱えられまさにこのような能舞台で演じてきました。かつての名残が残っている数少ない貴重な能舞台と言えます。そのため私もこの能舞台に立つと、能楽が経てきた歴史を肌で実感し、能楽の過去とのつながりを確認できます。

また、この能舞台の周りには白い小石が敷き詰められ白州(しらす)となっていますが、白州に陽が差して西日が当たると、反射光がレフ板(カメラの反射板)のように舞台を照らしてくれます。能舞台が屋外にあった昔は、白州が間接照明の役目を担っていたことは耳にしていたのですが、まさにその通りであることを実感できる能舞台でもあるんですね。

それと、この舞台といえば、いつも目に浮かぶのは猫のいる風景なんです。ここに住み着いている猫なのか、今もいるのかどうかはわかりませんが、公演がはじまると、お客様たちが座っている座敷上の藁葺き屋根でいつも寝ている。そんな、のどかな光景も思い出されます。

さらに、忘れられないのが天覧能(天皇上覧の能楽公演)です。現在の上皇上皇后両陛下が平成時代、こちらで能をご覧になられた時に後見を勤めさせていただきました。あの雨の中で行われた天覧能は今も目に焼き付いています。

座敷に囲まれた屋外中庭にある岡山後楽園能舞台は、江戸時代そのままの趣を残しています
座敷に囲まれた屋外中庭にある岡山後楽園能舞台。江戸時代そのままの趣を残しています
  • 写真協力:岡山後楽園

「赦す(ゆるす)」ことがテーマで優美な舞も堪能できる世阿弥作の能「敦盛」

今回の名城×能楽公演で、喜正さんがシテを演じられる能「敦盛」の魅力や見どころについて教えてください。

喜正:世阿弥が作った「敦盛(あつもり)」は中学校の教科書にも掲載されているくらい有名で、能を代表する作品であり、そして私にとっても思い入れの深い曲です。
実は……「敦盛」は私が初めて人前で公式に能面をかけてシテを舞った演目なのです。当時、私は15歳(数え年でいうと16歳)でまさに曲の主人公である平敦盛と同じ年齢でした。きちんと舞うことができるか不安で、緊張しながらも一生懸命勤めましたが、当時を思い返すと、おそらくひどい芸だったと思います(汗)。それでも私にとっては能楽師の原点となった大切な演目です。

「敦盛」は武人がシテになる修羅能というジャンルの演目になります。16歳の平敦盛は一の谷の戦いで源氏の武将・熊谷次郎直実に討ち取られてしまいます。直実は敦盛を儚み、出家して僧・蓮生(ワキ)となり、敦盛を弔うために一の谷を訪れます。そこに敦盛が霊となって現れ「自分を弔ってくれる蓮生は、以前は敵であっても今は真の友である」と喜び、蓮生を赦すのです。この「赦し」がこの曲のテーマであり、世阿弥が伝えたかったことだと思うのです。ですから、敦盛を演じるときはいつも「敵を赦す心」について考えながら舞うようにしています。

見せ場としては、通常、霊の役は能面をかけて登場するのですが、敦盛は16歳という年齢のため前半はあえて能面をかけない直面(ひためん)で素顔のままで舞うという、若さを強調する演出があります。

また、敦盛は笛の名手なので、笛の舞も見どころです。勇ましさを表現する舞が多い修羅能の中にあって、敦盛は笛の演奏にのって優美な舞を披露します。こちらもぜひご注目ください。

能「敦盛」のシテを演じられる観世喜正氏
能「敦盛」のシテを演じられる観世喜正氏

お能とともに岡山後楽園から望む青空と漆黒の天守閣の景観も必見

最後に、今回の特別公演の魅力と、この記事をご覧いただいている皆様へのメッセージをお願いします。

喜正:岡山に来るといつも青い空に目を引かれます。とくに岡山後楽園は広大ですから、青い空が全面に広がっていて、そこに岡山城の漆黒の天守閣がポッと顔をのぞかせています。この景観が素晴らしいので、皆様にはぜひ後楽園を散策しながらご覧になっていただきたいです。

また、江戸時代そのままの趣を残す能舞台で、修羅能「敦盛」をご覧いただくことは貴重な機会ですし、皆様にとってきっと特別な体験になることでしょう。
岡山は、中国・四国地方の交差地点で、特に四国地方は瀬戸大橋によってつながっていて交通の便も良い場所ですので、是非、全国から岡山観光を兼ねて足をお運びいただけたらと思います。

  • 岡山城は現在令和の大改修のため、2022年11月にリニューアルオープン予定です。
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岡山後楽園から望む天守閣の景観は日本三大名園の名にふさわしい美しさがあります
  • 写真協力:岡山県観光連盟


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インタビューは東京にある矢来能楽堂別館にてお話いただきました

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刷りたての能楽を旅する 名城×能楽公演 岡山後楽園 特別公演チラシ

 

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