能楽堂やホールで行われることが多い能の公演ですが、日本各地に残る城や城址でも上演されることがあります。
城にまつわる能施設での催しや、毎年恒例の公演など、多彩な能の上演が行われています。ここでは、そんな中から厳選した公演をご紹介します。
全国の名城で開催される薪能
鎌倉時代に奈良・興福寺で始まった薪能(たきぎのう)。元来は修二会(しゅにえ。毎年2月に日本の仏教寺院で行われる法会のひとつ)の際に行われた神事能でしたが、今では夕方から夜にかけて屋外で篝火(かがりび)を焚いて行う野外能もまた薪能と称され、多くの公演は夏の催しとして親しまれています。
日本城郭協会による日本100名城の中にも、恒例行事として薪能が行われている城があります。宵闇の中、篝火が照らし出す能舞台はひときわ幻想的で、薪の爆ぜる音や夜風も手伝って野趣あふれる世界へと誘います。歴史ある城郭を借景に繰り広げられる幽玄美は、まさに一見の価値ありです。
- 姫路城「姫路城薪能」
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世界遺産の姫路城を背景として、観世流による能や大蔵流による狂言が上演されます
- 松本城「国宝松本城薪能」
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国宝松本城二の丸御殿跡で毎年8月に能や狂言が催される薪能です
- 松山城「松山城薪能」
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松山城の石垣を背景として、喜多流による能や仕舞のほか、狂言が上演され、松山の秋の風物詩として親しまれています
- 金沢城「百万石薪能」
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毎年6月開催の金沢百万石まつりの一つの行事として金沢城公園三の丸広場で行われ、加賀宝生による能や仕舞などが堪能できます
- 大阪城「大阪城本丸薪能」
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大阪城本丸広場に特設能舞台を設置し、2〜3夜にわたって観世流による能や和泉流による狂言が楽しめます
- 島原城「島原城薪能」
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入場無料!長崎県にある島原城天守閣前広場で1983年より毎年10月に開催されています
※雨天の場合は島原市民会館でろうそく能となります
城や城址で趣向に富んだ薪能
城や城址で演じられる薪能の中には、舞台に趣向を凝らしたものや、ユニークな企画を設けているものがあります。
大阪府池田市の池田城跡公園で催される「いけだ薪能」は、一風変わった能舞台で行われることで知られる薪能です。地方豪族・池田氏の居城跡地に造られた池田城跡公園には、天守閣に見立てた展望舎があり、そこに隣接する池に設置された水上舞台で薪能が上演されます。
いけだ薪能は毎年5月に行われており、2023年は5月に開催されました。
一方、市民参加型というユニークな企画を催しているのは、宮崎県の延岡城で行われる「のべおか天下一薪能」。千人殺しの石垣を背景に、プロの能楽師と地元の子供たちが一緒に舞台に立ち能を演じます。江戸時代から伝わるコレクションが多く残っている延岡では、自前の能面を用いて上演されます。
城址に建つ能楽堂で能に触れる
近年、城に付随する能の施設として、行政が主体になって管理している能楽堂があります。
岡崎城 二の丸能楽堂
徳川家康が生まれた岡崎城の二の丸があった場所に建つ「二の丸能楽堂」は、篝火が常設された本格的な屋外能楽堂です。全国初の市立能楽堂で、能をはじめとした古典芸能や演奏会などに使用される施設です。誰でも利用可能で、民間主催の能の催しが行われることもあるのだとか。
まほろば唐松 中世の館「能楽殿」
秋田県大仙市には、ふるさと創生事業の一環として建てられた能楽殿があります。平安時代の武将・安倍貞任の弟、境講師官照の館があったとされる伝説をもとに建てられた「まほろば唐松・中世の館」の一角にあり、現存する最古の能舞台である京都西本願寺の北能舞台を模しています。
県内唯一の本格的な屋外能舞台で、年に一度定期公演も開かれており、令和5年(2023)は9月2日(土)の開催が決まっています。
【番外編】世界の城で能を演じる
能は海外でも高く評価されている伝統芸能で、国際交流の橋渡しとして海外公演も行われています。
デンマークにあるクロンボー城はシェイクスピアの戯曲ハムレットの舞台となった古城で、毎年国際シェイクスピア祭が行われています。その祭典で、平成29年(2017)に新作能「オフィーリア」が演じられたという記録が残っています。戯曲ハムレットをもとにハムレットとオフィーリアの悲劇を演じたのは、シテ方金春流の櫻間右陣氏。創作のみならず、自らシテとして舞台に立ちました。クロンボー城を背にした野外舞台での能公演は大変好評を博し、多くの観客を魅了したといいます。
海外の古城を舞台とした上演は滅多にあることではないでしょう。こうした機会に再び恵まれる日が待ち望まれます。
特別感のある空間で能を楽しもう
城を借景に行われる薪能や、城址にある舞台施設で親しむ能。城や城址といった特別感のある空間で体験する能は格別なものがあります。
また最近では時代を反映して、動画配信による能の上演といった試みも見られますが、そうした作品の中にも城を舞台に撮影されたものがあり、ここでも能と城のコラボレーションが楽しめます。
目先を変えて、趣のある能を楽しみたいということなら、城にまつわる公演や施設に足を運んでみてはいかがでしょう。
参考文献:『能楽ハンドブック 第3版』(監修:戸井田道三、編:小林保治、発行:三省堂)