桧垣本猿楽を文化財産として能楽プログラムを展開する大淀町へ!

室町時代から江戸時代までの約300年間、能楽の源流である猿楽の一座「桧垣本(ひがいもと)猿楽座」が活躍していた奈良県吉野郡大淀町では、2001年(平成13年)から桧垣本猿楽を町の文化財産、郷土の誇りとして、後世に引き継ぐ事業を展開しています。桧垣本猿楽について、そして町が行っている様々な能楽プログラムについてご紹介しましょう。

室町時代に大淀町に存在していた桧垣本猿楽とは?

能楽のルーツである猿楽は、南北朝期から室町初期に劇団(座)となって諸国で活動し、中でも現在のシテ方流儀につながる大和猿楽四座が奈良で人気を集めました(詳細は「奈良で能楽に触れる」でご覧いただけます)。

その大和猿楽四座とともに活躍していた吉野猿楽の一座が、大淀町の桧垣本を拠点としていた桧垣本猿楽座です。

桧垣本猿楽座は、とくに囃子方に優れた人物を輩出したとされています。しかし、江戸幕府の大和猿楽四座への芸能統制が強まると、縁戚関係にあった観世流と合流し、本拠地を江戸に移しました。そのため、地元では忘れ去られた存在になっていました。

桧垣本猿楽を広く知ってもらうため、能楽を身近に感じてもらえるプログラムを実施

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県内外での公演を通して、各地との文化交流にも貢献している「ちびっ子桧垣本座」

「桧垣本猿楽」復興のきっかけとなったのは、2001年(平成13年)に開催された、県主催で吉野地域の特性を活かした「吉野魅惑体験フェスティバル」でした。町の担当者は語ります。

「町の紹介イベントとして桧垣本猿楽を取り上げることになり、小鼓方大倉流十六世宗家の大倉源次郎先生に桧垣本猿楽の資料を確認していただいたところ、先生から『私はずっと桧垣本を探していました。桧垣本は能楽師にとって、とても大切なところです』とのお話しがあり、桧垣本猿楽が囃子方の芸祖の系図に記されていることなどが解明されていきました」(町担当者)

そして、吉野魅惑体験フェスティバルでは、シテ方観世流の大槻文藏先生などそうそうたる顔ぶれを招いての「能楽座公演」や「能楽ワークショップ」が実現。その結果、町内外から予想をはるかに超える反響があり、これを機に、桧垣本猿楽を広く知ってもらうための取り組みを展開することになりました。

「桧垣本猿楽を知ってもらうためには、まずは子どもたちに楽しく能楽に触れてもらい、その子どもたちとともに大人たちにも興味を持ってもらって、能楽を身近に感じてもらうことが必要と考えました」(町担当者)

そこで、2002年から小学生対象の能楽体験などをスタートし、2003年から県内の能楽ゆかりの地である川西町(観世流の発祥地)、斑鳩町(金剛流の発祥地)と連携した「大和猿楽サミット」、2004年からは誰もが気軽に能楽を体験・体感できるワークショップなど、次から紹介するような多彩なプログラムが行われています。

町内全小学校で実施している「ちびっ子能楽体験」

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ちびっ子能楽体験で笛を体験する子どもたち

子どもたちに町の歴史や桧垣本猿楽について知ってもらうため、2002年から町内全小学校で年1回のちびっ子能楽体験が行われています。子どもたちは、プロの能楽師から、正座、謡、すり足、囃子などを教えてもらいながら体験。この体験により、町内の小学3年生の社会科副読本には桧垣本猿楽が掲載されています。

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時には能面を掛ける体験も!

町内外の公演で活躍する「ちびっ子桧垣本座」

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大和能楽子どもフェスティバルで舞囃子を披露するちびっ子桧垣本座

小学校の能楽体験で興味を持ち、もっと勉強したいという子どもたちのために、2002年「ちびっ子桧垣本座」が大倉源次郎先生の監修のもとに創座されました。以来、毎年、園児から高校生まで約20名が在籍し、月2回、約2時間の稽古に励んでいます。

毎年3月には卒業発表会も兼ねて、町が開催する全国各地で伝統芸能を勉強する子どもたちとの交流事業「大和猿楽子どもフェスティバル」に出演するほか、最近ではその存在が広く知られ、金峯山寺秘仏蔵王権現像ご開帳前夜祭など県内外のイベントにも招かれ、好評を得ています。

将来的にはちびっ子桧垣本座を能楽公演の前座が務められるまでに育て上げ、室町時代の桧垣本猿楽座の再現を目指しています。

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2015年、地元の桧垣本八幡神社にて。笛方藤田流十一世宗家の故・藤田六郎兵衛先生と、大倉源次郎先生による奉納演奏にも参加

誰もが気軽に能楽の楽しさを体感できる「能楽ワークショップとアウトリーチ」

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能面と装束を体験する能楽ワークショップ

能楽に親しみを持ってもらおうと、2004年から誰でも参加できる「能楽ワークショップ」が町文化館で年3回ほど開催されています。ワークショップでは、各分野の先生が講師を務め、参加者は気軽に質問しながら、謡、笛、小鼓、大鼓、太鼓などが体験できます。

また、「能楽アウトリーチ」は、吉野で一番古い寺院・世尊寺などで開催する出前講座で、毎年、狂言などの講座のほか、囃子をメインとした公演なども行っており、2013年には、笛方三流儀の里帰り公演として、三流儀(森田流、一噌流、藤田流)の迫力ある演奏が披露されました。

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幼稚園で行われた能楽アウトリーチでは狂言方大蔵流の茂山童司先生が講師となり狂言を体験

能楽界の重鎮が集う「能楽座大淀町公演」

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2015年の第15回公演では、小鼓方四流儀による里帰り公演が実現。左から、幸清流の幸正昭先生、幸流の幸正佳先生、大倉流の大倉源次郎先生、観世流の鳥山直也先生

2001年の第1回公演から、流派を超えて当代一流の能楽師で結成された「能楽座」による公演が年1回、町文化会館で開催されています。

第9回公演までは演目公演でしたが、第10回からは、公演前に能楽師や能楽に縁のある著名人によるワークショップを開催して桧垣本猿楽について情報を発信しています。

大淀町能楽プログラムの現在とこれから

大淀町の能楽への取り組みは、町の人たちに桧垣本猿楽が自分たちの大切な遺産であることを意識付け、町と一緒に能楽プログラムを盛り上げてくれるまでになり、またマスコミにも多数取り上げられ、県内外に町をPRする機会になりました。

しかし、コロナ禍となり、ほぼすべての能楽プログラムが、2020年からいまだ休止されたままと言います。

「ちびっ子桧垣本座の子どもたちも『いつまた稽古がはじまるの?』と再開の日を楽しみに待っているところです。再開した暁には、町の基本理念『住民参加による文化的で魅力的なまちづくり』の核となるよう、住民と協働で『広めよう能楽の輪』を実践し続けていきたいと考えています。そして、いつの日か、ずっとずっと以前のように、小鼓をBGMとして田植えをしていた頃のように、地域の文化伝承が日常生活に同化するようになればと思いを寄せています」(町担当者)

今後、能楽プログラムが再開したおりには、ぜひ大淀町を訪ね、ちびっ子桧垣本座や能楽座公演を鑑賞したり、能楽ワークショップに参加してみましょう。