銕仙会特別公演〜「鷹姫」シテ方観世流 観世銕之丞先生インタビュー

公益社団法人 銕仙会

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2022年1月16日(日)に東京の宝生能楽堂で、日本全国能楽キャラバン!公演として「銕仙会特別公演」が開催されます。演目は、従来の能の枠組みを超え、能の新たな可能性を切り拓いた新作能「鷹姫」と、華やかかつ祝言性が強調された半能「石橋(しゃっきょう) 大獅子」、そして野村万蔵家親子三代の共演による狂言「鍋八撥(なべやつばち)」です。

公演直前に「鷹姫」の稽古が行われていた東京・南青山の銕仙会能楽研修所を訪ねて通し稽古を拝見し、物語の要となる老人役を勤められる観世銕之丞先生に「鷹姫」の魅力や見どころ、本公演全体の楽しみ方について語っていただきました。

銕仙会能楽研修所での通し稽古風景。新年を迎えた能舞台には注連縄が張られていました

九世観世銕之丞 プロフィール(シテ方 観世流)

1956年、東京生まれ。父の八世観世銕之亟静雪(人間国宝)と伯父の観世寿夫に師事し、1960年、4歳で初舞台、1964年、能「岩船」で初シテ。2002年、九世銕之丞を襲名。2011年、紫綬褒章を受章。
重要無形文化財保持者(総合指定)。公益社団法人銕仙会代表理事。公益社団法人能楽協会理事長。京都芸術大学評議員。都立国際高校非常勤講師。

新作能「鷹姫」の面白さ・魅力とは?

「鷹姫」の物語

晩秋の寒風吹く絶海の孤島。榛の木立と岩があるばかりの枯れ果てた泉のほとりには今日も一人の老人が佇んでいる。そこへ遥々海を越え、波斯国(ペルシア)の若き王子・空賦麟(クー・フーリン)がやって来た。泉の水を求める空賦麟に対し、自分は泉の水を待ち続けて九十九年にもなるのだと老人は告げる。ふいに鷹の声が聞こえ、鷹姫の呪いに二人は深い眠りに落ちる。やがて泉が滾々と湧き出で………。

「鷹姫」の老人を演じる銕之丞先生

銕之丞先生:「鷹姫」は、アイルランドの劇詩人W.B.イェイツ作の詩劇を能楽研究者の横道萬里雄先生が翻案し、1967年に伯父の観世寿夫や観世榮夫、父の八世観世銕之亟らによって初演され、これまで幾度となく再演を重ねてきました。

初演当時、僕はまだ子どもでしたが、親父たちが新しい表現の能を創り出そうと熱い思いを抱えていたことは雰囲気で感じていました。公演が近づくと毎日稽古し、その後はお酒を飲みながら、ああでもない、こうでもないとやっていたんだと思います。家へ帰ってくると親父がものすごくハイテンションだったので、ちょっと怖いなと思ったことを覚えています。

そんな、きら星のようなハイレベルの親父たちの世代の跡を受け継ぐのはとても無理で、怖いとも感じていたので、よもや自分が「鷹姫」の老人役をやることになるとは思いませんでした。でも結局は根が楽観主義なものですから図々しく演じてはいますけれども(笑)。

老人役は、今回が5回目くらいです。最初は岩(コロス)の役で、あとは鷹姫と空賦麟の役を2回ずつ勤めています。なお、演じていていちばん楽しいのは空賦麟ですね。無鉄砲で勢いに任せてやってくるけれども、だんだん状況がわるくなっていくのが面白い。鷹姫役は、キレのある所作と演技が必要で、私にはあまり向いていません。

そして、老人は面白い役だと思います。老人は泉の水を待ち続けてしまったために世の中から完全に孤立している存在。だから、空賦麟と争ってはいるものの、心のどこかでその争いを楽しんでいる。また、鷹姫が憎いけれどもやはり心のどこかで好きというような、わかっちゃいるけれどやめられないというキャラクターです。

自分の生き方をずっと肯定できずに苦しんでいます。親父も言っていましたが、こういったキャラクターは社会から隔絶された存在で、能「恋重荷(こいのおもに)」「綾鼓(あやのつづみ)」「天鼓(てんこ)」の前シテの老人に共通しているので、それらを演じるときの技術も応用できる。そういう意味では「鷹姫」は新作能でありながら、非常に古典的な能らしい能とも言えます。

今回は、この老人を必要最小限の動きで演じられたらと思っています。今まではあれもやりたい、これもやりたいとやり過ぎてしまった感があるので、なるべく削って引き算で演じたいです。

若手の配役で「鷹姫」を伝承・進化させていく

空賦麟を演じる狂言方和泉流の六世野村万之丞さん

銕之丞先生:今回は、鷹姫に息子の観世淳夫、空賦麟に野村万之丞さんと若い人に演じてもらいます。とくに、万之丞さんの祖父の野村萬先生(人間国宝)は初演から長いこと演出を担当されていましたので、孫の万之丞さんに伝承していただいたら、「鷹姫」にまた血が通うだろうと思いました。若い人たちには切れ味鋭くエッジの効いた動きで演じていただけたらと期待しています。

能の場合、古典にもないまったく新しい役にはなかなか足を踏み出せないものなんです。よほど自分に自信がある人でないと、そんな勇気は湧いてこない。それも「鷹姫」となると、若い頃の僕と同じように、なるべく手を出したくないと思うのが必定です(笑)。ですから、まずは若い人にその機会をつくり、さらには経験者の皆さんにも「先輩の俺のほうがよく知っているぞ」というような意欲を喚起できたら、今後もっと気軽に「鷹姫」に取り組んでいただけるのではないかという思いがあります。

実は当初は5日間の公演にして、日によってキャストを入れ替えるようなことも考えていたんです。結局、時間の関係で断念したんですが、そうして1回でもその役に触っておけば、またやってみようという気になりますのでね。

銕之丞先生の指示を仰ぐ、左から鷹姫役の観世淳夫さん、太鼓の金春惣右衛門さん、大鼓の亀井広忠さん

囃子方にしても、今回は、笛の松田弘之さん、小鼓の大倉源次郎さん、大鼓の亀井広忠さんなどのベテラン勢に加えて、新しく金春惣右衛門さんに太鼓を打っていただきます。「鷹姫」はもともと祖父の二十二世惣右衛門先生が作調をされて、それを金春流太鼓方の三島元太郎さんが伝承されてきたので、また今の惣右衛門さんに伝承していただけたらと考えました。
岩の役も同じ考えで、今回は銕仙会のシテ方に勤めていただきますが、いままでの経験者に、「鷹姫」でずっと働きをされてきた女性能楽師の鵜澤久(うざわひさ)さんなど初めての人たちにも入っていただいています。

今回、岩(コロス)役は8人、銕仙会のシテ方の皆さんが勤めます

若い人を起用することによって、作品のまったく違う面が見えてくるのではないかという期待もあります。世代が違うと全然違う発想が出てくる可能性がありますから。

たとえば、僕にしても、上の世代の「鷹姫」から変えてしまった部分があります。たとえば、前シテの老人が登場して来たときに突いていた杖を最終的に空賦麟に渡すシーンは、萬先生の演出にはなかったものです。これは、空賦麟がいつしか老人のようになり、さらには岩になっていくことの暗示を杖に象徴させ、そういう場面を加えました。萬先生がこれを観たら怒るかもしれません。今回、孫が空賦麟をやるからちょっと観に来たよ、なんて言って来られたら困るなあ(笑)。

これから「鷹姫」を伝承していく中で、そのような新しい演出が生まれたり、あるいは僕の演出がまた元にされてしまうこともあるかもしれない。だから、今回のお客様には、いまの演出をありのままに観ていただけたらと思っています。そしていつしか新作の能と言われなくなる日まで続けていってもらえたらと願っています。

本公演の見どころ・楽しみ方は?

登場人物を自分に重ねて観ることが魅力の一つでもある「鷹姫」

銕之丞先生:「鷹姫」は、お客様にいろんなことを考えながらじっくり観てもらうタイプの能なので、狂言「鍋八撥」のほかには、とにかく楽しめてパッと発散できる能として、親子の獅子が荘重、俊敏に舞い戯れる様を激しい気迫とともにお届けする半能「石橋」を企画しました。「石橋」は、囃子もダイナミックで音のうねりによって恍惚感に浸れる要素もあるので、難しく考えずにお楽しみいただけると思います。

「鷹姫」においては、作品のテーマでもある「永遠の命を得られる水」というのは、言い換えれば、それぞれの人にとっての夢や希望なのではないかと思います。作品中の老人にご自分を重ねて、夢や希望を得ようと思って努力しているうちに、いつしか自分も年をとってしまったと感じられる方もいるだろうし、きっとそれぞれの中にある思いを喚起する能だと思います。そういったことを考えながら観ていただけると、皆様にとっても良い演能になるのではないでしょうか。

公益社団法人 銕仙会

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観世銕之丞家を中心とした演能団体。近年は七世観世銕之丞雅雪の長男、観世寿夫師を中心として、広く舞台芸術の視野から能を見直し、地謡をはじめ、ワキ方、囃子方、狂言方のすべての役を大切にすることで密度の高い舞台を実現しています。寿夫師没後もその主張に基づき、従来の作品の演出的見直しを始めとして、現代に生きる演能活動を八世観世銕之亟静雪(人間国宝)のあとをうけた九世観世銕之丞師を中心に続けています。

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