本サイト「能楽を旅する」でご紹介している5つの城では、それぞれ能の演目を選定し城と演目とのコラボレーション映像などをお届けしています。

演目「忠度・巴・敦盛・八島(屋島)・白田村(田村)」はいずれも武士をシテとする曲で「修羅物(しゅらもの)」「修羅能(しゅらのう)」と呼ばれています。本記事では、修羅物についてご紹介し、その魅力に迫ります。

修羅物のほとんどは源平合戦の名将が主役

修羅物とは、能の演目の中で、武士の亡霊がシテ(主役)となる曲のことを指します。

現行の修羅物は下記の通りで、流儀によっては舞われない曲もありますが、全部で17曲。シテの武士名と物語の舞台となった戦いをまとめました。

シテが坂上田村丸の「田村」、源朝長の「朝長」以外、ほとんどが「平家物語」に素材を得たもので、シテは源平合戦(治承・寿永の乱)で活躍した武士となっています。

修羅物 演目一覧(シテの武士名、物語の舞台となっている戦い) あいうえお順
  • 「曲名」シテの武士名 / 物語の舞台となっている戦い

  • 「敦盛」平敦盛 / 源平合戦・一ノ谷の戦い
  • 「生田敦盛」平敦盛 / 源平合戦・一ノ谷の戦い(生田の戦い)
  • 「箙」梶原源太景季(源氏) / 源平合戦・一ノ谷の戦い(生田の戦い)
  • 「兼平」今井兼平(源氏) / 源平合戦・宇治川の戦い(粟津の戦い)
  • 「清経」平清経 / 源平合戦(豊前国 柳浦)
  • 「実盛」斎藤別当実盛(源氏だが平家方) / 源平合戦・篠原の戦い
  • 「重衡」平重衡 / 源平合戦(南都焼討、一ノ谷で捕虜となり鎌倉へ護送されるが最後は奈良に引き渡され梟首)
  • 「俊成忠度」平忠度 / 源平合戦・一ノ谷の戦い
  • 「忠度」平忠度 / 源平合戦・一ノ谷の戦い
  • 「田村」坂上田村丸(奈良末から平安初期の公卿、武官) / 「鈴鹿山の鬼神退治」「清水寺縁起譚」に取材した物語
  • 「経政」平経政 / 源平合戦・一ノ谷の戦い
  • 「知章」平知章 / 源平合戦・一ノ谷の戦い
  • 「巴」巴御前(源氏) / 源平合戦・宇治川の戦い(粟津の戦い)
  • 「朝長」源朝長(源氏) / 平治の乱
  • 「通盛」平通盛 / 源平合戦・一ノ谷の戦い
  • 「八島(屋島)」源義経(源氏) / 源平合戦・一ノ谷の戦い(屋島 壇之浦)
  • 「頼政」源頼政(源氏) / 源平合戦・以仁王の挙兵(宇治橋の戦い 橋合戦)

修羅物の「修羅」とは阿修羅の略であり、仏教の世界観では修羅道は常に戦いの続く世界とされることから、ほとんどの修羅物では戦とともに一生を送り、死後、修羅道に堕ちたとされる武将が苦しむ様が描かれます。

形式としては、前シテ(前半の主役)が昔の思い出を語ってから消え、後シテ(後半の主役)は在りし日の武将姿で霊となって現れて生前の戦物語を舞い語るパターンが多く見られます。

修羅物には、勝ち戦の武士を題材とした「勝修羅(かちしゅら)」と、負け戦の武将を題材とした「負修羅(まけしゅら)」があります。勝修羅は「八島(屋島)」「田村」「箙(えびら)」の三曲のみで「勝修羅三番」とも言われます。勝修羅三番以外はすべて負修羅です。

修羅物と世阿弥の関係

能楽を大成し、修羅物においても「八島(屋島)」「通盛」「敦盛」「清経」などの名作を生み出している世阿弥は、能の演技の心得を人体の絵図によって示した伝書「二曲三体人形図」において、能の基本要素は「二曲三体」で舞・歌の二曲と、老体・女体・軍体の三体であるとし、軍体は修羅物を指しています。

世阿弥の有名な伝書「風姿花伝」では修羅物について「源平などの名のある人の事を、花鳥風月につくりよせて、能よければ、何よりもまたおもしろし」=「源氏や平家などの名のある武将の事を花鳥風月(自然の美しさ)に関連付けて作り、それが良ければ何よりもまた面白い」としています。

また、別の伝書「花鏡」では、修羅物は「本説正しく、強々としたらんが、しとやかならん風体なるべし」としています。これは、「その曲の素材となっている軍記物語の典拠出典の筋をゆがめず、武将らしい強さとともに、しとやかな風体で、もののあはれを解する武将として表現すべきである」と解釈する研究者もいます。

現行の修羅物のほとんどが源平物であることなど、ほぼ世阿弥の言った通りに残っていることから、今日の修羅物を作り上げたのは世阿弥とも言われています。

 

 

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世阿弥の伝書『二曲三体人形図』より「軍体」
  • 法政大学能楽研究所蔵

忠度・巴・敦盛・八島(屋島)・白田村(田村)の魅力

本サイト「能楽を旅する」でご紹介している5つの城では、それぞれ能の演目を選定し城と演目とのコラボレーション映像などをお届けしています。この修羅物、5演目の魅力についてご紹介します。

忠度(ただのり) 和歌を愛する武士を描いた美しい曲

「忠度」は平清盛の弟で歌人としても武人としても優れていた平忠度を主人公とした世阿弥作の曲です。

前半は一ノ谷の戦いで忠度が討死した須磨の浦(現在の兵庫県)が舞台で、一本の桜の木が立っています。その桜のもとに忠度が眠っているという設定で美しい情景が描かれます。

後半は忠度の亡霊が現れ和歌への執念を明かします。修羅物でありながら、一貫して忠度の和歌への愛や執念が描かれ、美しさに溢れた曲です。

 

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能楽を旅する 浜松城の特別映像 能「忠度」より

「巴」(ともえ) 女性を主役とした唯一の修羅物

「巴」は木曽義仲に仕えていた女武者・巴御前が主人公で、現行の修羅物の中で唯一、女性を主役とした作品。巴御前の女性としての優美さと、女武者としての力強さの両面が表現された名曲です。

見どころは、後半に巴御前の霊が登場して、昔の戦語りをする場面です。巴の霊は在りし日の合戦で自身が奮戦する有り様を見せると、戦の激しい情景から一転、義仲との別れを振り返ります。瀕死の状態の義仲と対面した巴御前はここで一緒に死にたいと訴えますが、義仲から逃げのびるように強く命じられます。巴御前がガラリと変わる場面転換の鮮やかさも魅力です。

 

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能楽を旅する 彦根城特別公演 能「巴」より

「敦盛」(あつもり) 16歳で戦死した若武者が生前の敵と友情を結ぶ有名作

「敦盛」は世阿弥の有名な作品です。主人公の平敦盛はわずか16歳にして、一ノ谷の戦いで源氏の武将・熊谷次郎直実に討ち取られてしまいます。

直実は敦盛を儚み、出家して僧・蓮生(ワキ)となり、敦盛を弔うために一ノ谷を訪れます。そこに敦盛が霊となって現れ「自分を弔ってくれる蓮生は、以前は敵であっても今は真の友である」と喜び、蓮生を赦(ゆる)します。この「敵を赦す心」がこの曲のテーマであると言われています。

敦盛は笛の名手で風雅を解する武将として描かれ、舞も見どころです。勇ましさを表現することが多い修羅物の中にあっては、敦盛は優美な舞を披露します。

「敦盛」については、別コラム[織田信長が愛した「幸若舞」と「敦盛」]でも、その魅力についてご紹介していますのでご覧ください。

 

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能楽を旅する 岡山後楽園特別公演 能「敦盛」より

「八島(屋島)」 源義経の雄々しく迫力ある動きが魅力の勝修羅

「八島」は、平家物語の「屋島の戦い」を素材として世阿弥が作った人気曲。後半で主人公の源義経の霊が凛々しく登場し、往事の戦の様子を勇猛に活き活きと語ります。

勝利者側の義経の語りとなるため勝修羅に属する勝修羅三番のひとつです。修羅物でありながら修羅道に堕ちた苦しさは感じられず、雄々しい立ち姿で刀を構え、力強い足拍子など迫力ある舞台が見どころになります。勝修羅らしい祝言性や強さが感じられる作品です。

 

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能楽を旅する 松山城の特別映像 能「八島」より

「白田村(田村)」 坂上田村丸の鬼退治が描かれた勝修羅

能は演出にバリエーションを持った曲があり、「白田村」は「田村」のひとつの演出方法です。通常は小書(特殊演出)として曲名の脇に小さく書かれますが、「白田村」は「白」という字が同じ大きさで題名の上につきます。これは喜多流独特のもので、小書より扱いが重くなります。

「田村」は、主人公の坂上田村丸の霊が鈴鹿山の鬼神退治を語ります。「八島」と同様に勝修羅三番のひとつで、田村丸の雄々しい姿が描かれ、祝言性も感じられます。

「白田村」では、後シテの田村丸の霊の装束が白を基調としたものに変わり、謡も囃子も緩急が加わり、田村丸が神に近い存在として描かれます。

 

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能楽を旅する 熊本城の特別映像 能「白田村」より

修羅物の魅力に触れてください

能楽のひとつのジャンルである修羅物。源平の武将が霊となり、昔さながらの武者姿で現れ、生前の戦いの様子を武将自身が演じる昔語りの迫力や、その素材となった平家物語そのままの詞章(謡の文章)による生々しいリアリティによって能楽の魅力がさらに高まり、鑑賞する人々を修羅の世界に惹きこんできました。

しかし、一口に修羅物といっても、主人公の武士の年代など背景も異なり、描かれている苦しみや無常観といったものも演目によりさまざまです。

修羅物には人気曲も多く、上演される機会も多くあります。興味が出てきましたらぜひ一度、公演を鑑賞いただいて修羅物の魅力に触れてみてください。

 

参考文献/『能・狂言事典』(発行:平凡社)

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