能楽と所縁の深い城を舞台に特別公演を開催する「能楽を旅する 名城×能楽公演」。彦根城(滋賀県)では、2022年9月24日(土)に彦根城 特別公演を開催いたします!この特別公演において、能「巴」でシテ(主役)を勤めるシテ方金剛流若宗家の金剛龍謹さんに、本公演の魅力や能「巴」の見どころ、そして武士と能楽との関係などについて語っていただきました。

金剛龍謹(こんごう・たつのり)

1988年、金剛流二十六世宗家金剛永謹の長男として京都に生まれる。

幼少より、父・金剛永謹、祖父・二世金剛巌に師事。5歳のときに初舞台。

自らの芸の研鑽を第一に舞台を勤めながら、大学での講義や部活動の指導、各地の小中学校での巡回公演に参加するなど若い世代への普及に努める。 2012年に発足した自身の演能会「龍門之会」をはじめとして、京都を中心に全国の数多くの公演に出演。

京都市立芸術大学非常勤講師、公益財団法人金剛能楽堂財団理事。京都市芸術新人賞受賞。

江戸時代、彦根城に実際にあった能舞台で舞う特別公演

本公演の会場である彦根城博物館 能舞台についてご紹介ください。

龍謹:彦根城博物館 能舞台では各流儀の能楽師が出演する「彦根城能」が開催されていまして、私も2012年に能「黒塚」でシテとしてこの舞台に立っているほか、いままでに何度か出演させていただきました。

このお舞台は、江戸時代に能楽が武家式楽(公式行事等に演能される幕府公認の芸能)であったときに、彦根城表御殿に建てられていたものを移築したもので、非常に歴史的な魅力に溢れています。

現在の場所としては二の丸にある彦根城博物館の中央に建っているのですが、博物館内といっても屋外にあります。別棟の客席に囲まれ、そこからお客様にご覧いただく造りになっています。

もともと能舞台は屋外にあったものですから、これこそが昔ながらの伝統的な鑑賞スタイルで、お客様には外の空気感や四季の移ろいを感じながらお能をお楽しみいただけます。演者からしましても、舞いやすい寸法でお客様との距離感もちょうど良い、魅力的な舞台ですね。

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本公演は、江戸時代の彦根城に実際にあった貴重な能舞台で行われます

女性を主役とした唯一の修羅能「巴(ともえ)」は優美さと力強さが共存する名曲

本公演で龍謹さんがシテを演じられる能「巴」の魅力について教えてください。

龍謹:「」は木曽義仲に仕えていた女武者「巴御前」を主人公にした作品です。現在伝わる修羅物(武人がシテとなるジャンルの演目)の中で唯一、女性を主役としたお能です。

この曲の題材である「平家物語」でも巴はたいへんに美しい女性であったと伝えられていますが、その美しい女性としての優美さと、女武者としての力強さの両面が表現された優れた名曲のひとつです。

見どころは、後場(後半)、後シテとして巴の霊が登場して、昔の戦語りをする場面ですね。

巴の霊は在りし日の合戦で自身が奮戦する有り様を見せると、戦の激しい情景から一転、義仲との別れを振り返ります。瀕死の状態の義仲と対面した巴はここで一緒に死にたいと訴えますが、義仲から逃げのびるように強く命じられます。この葛藤する女性の心理を表現するのが難しいのですが、ここが最大の見どころとも言えます。装束も、豪華絢爛な唐織(からおり)から白一色に替わり、巴がガラリと変わる場面転換の鮮やかさがこのお能の魅力だと思います。

巴は、私が二十歳前後で初演した時にたいへん苦労した思い出があります。先ほどの戦語りの場面は20分ほどあるのですが、鬘桶(かずらおけ=円筒形の腰掛け)に腰を掛けまして、金剛流ではずっと長刀をまっすぐに立てたまま持っていなくてはならないのです。この姿勢維持が当時の私は難易度が高く、手を震わせながらどうにか長刀が寝ないようにと苦労したことをよく覚えています(笑)。

また、「巴」の舞台は近江国粟津が原(現在の滋賀県大津市)です。そこからほど近い彦根城で舞わせていただくのは特別な気持ちになります。このような「ご当地能」というのは、役者にとってはその土地の空気感を感じながら舞うことができる貴重な機会です。お客様にとっても、物語をゆかりのある土地でご覧いただくことは感慨ひとしおと思います。私も本公演ではいっそう気持ちを込めて勤めさせていただきます。

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彦根城背景の青空が目を引く特別公演チラシ

能楽は「武」に身を置いていた武士にとって日々の彩りのような存在

今回の特別公演は「城」がコンセプトのひとつとなっています。江戸期、武士にとって能楽はどんな存在だったと想像されますか?

龍謹:私は歴史好きなので、地方公演に出かけたときなどは、その地にある城によく足を運びます。実際に過去の遺産を目にしながら、歴史的な過去の事象に思いを馳せたりするのが楽しいですね。

当家の先祖は系図によると室町期は武家であったと伝わります。もともとは野村姓で、室町末期には現在の滋賀県大津市堅田のあたりに居を構えていたと聞きます。その後、江戸期に至って京都の町衆になり、禁裏御用(きんりごよう)と呼ばれる、京都御所で催される能に出仕する能役者の家になりました。

当家のように武家から能役者に転じた例は室町期からあり、それこそ江戸初期には能好きが高じて能に深く傾倒していく武将が多く現れ、そういった方たちが太平の時代を迎えて能役者に転じていった事例が数あったと聞いています。

それだけ武家の人々にとって、能というのは魅力的な芸能だったということでしょう。

「武」の世界に身を置いていた方たちにとって、文化的な能楽は日々を過ごす上での彩りとして不可欠なものだったのではないかと想像します。恐らく、当家のご先祖さんも、相当に能好きな武士だったのでしょうね(笑)。

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江戸時代、彦根城は彦根藩井伊家が代々城主を務め、能が盛んに催されていました
  • 写真協力:(公社)びわこビジターズビューロー

江戸時代の雰囲気と鑑賞スタイルで能楽をお楽しみいただけます

最後に、この記事をご覧いただいている皆様へのメッセージをお願いします。

龍謹:今回、彦根城博物館 能舞台という歴史ある能舞台に出演させていただく機会をいただきました。江戸時代そのままの雰囲気の中で能楽公演をお楽しみいただき、そして彦根は観光地としても見どころが多くありますので、ぜひ彦根の歴史的な遺産などにもふれていただけたらと思います。

とりわけご覧いただきたいのは、彦根城博物館に展示されている古い能面・能装束です。彦根城は彦根藩井伊家が代々城主を務めましたが、能役者を召し抱え、能楽が盛んに行われました。その井伊家伝来の能面や能装束が揃っていますので公演前後で合わせてお楽しみいただけると思います。

また、彦根は、京都・大阪などの関西はもとより、名古屋などの東海、さらには北陸からもアクセスしやすい場所に位置しています。ぜひたくさんの方々にご来場いただけたら幸いに存じます。

彦根城博物館
彦根藩の政庁であった表御殿を復元した彦根城博物館。井伊家に伝わった美術工芸品や古文書なども展示されています
  • 写真協力:(公社)びわこビジターズビューロー
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取材先の京都・金剛能楽堂内にある庭園にて。京都から滋賀は距離が近いので、幼い二人の息子さんを連れてよく遊びに行く場所でもあるそうです。

 

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