日本全国 能楽キャラバン!は「こころ弾む、能楽と出会う!」をコンセプトに、日本各地で能楽公演を開催しています。
本記事では2023年10月19日(木)に鳥取県境港市で開催される「観世流 境港特別公演」を取り上げて、各演目の魅力はもちろん、境港市の能楽ゆかりの観光スポットをご紹介します。
鳥取県境港市での本格的な能の公演は初めて
境港市は鳥取県の西端に位置し、日本海と汽水湖である中海(なかうみ)、そしてこれらをつなぐ境水道に三方を囲まれた港湾都市です。
境港は生クロマグロと蟹の水揚げ日本一を誇る漁港として有名です。2010年に国から重点港湾の指定を受け、海上輸送の拠点としても現在も整備が進められています。
本公演の会場は、境港市の中心地にある「みなとテラス(境港市民交流センター) 」です。「はぐくむ・つながる・ほっとする市民みんなの広場」をコンセプトに2022年7月にオープンしました。「市民交流センター」「図書館」「防災」の三つの機能を併せ持つ複合施設です。境港市での本格的な能の公演は初めて。オープンして間もない美しいホールで開催される初の能楽公演となります。近隣にお住まいの方はぜひともこの機会に足を運んでいただければと思います。
本公演は、字幕解説「能サポ」の能楽鑑賞サービスがあります。当日はレンタル端末もありますが、ご自身のスマートフォンやタブレットから無料アプリをダウンロードして利用できます。
舞台の進行に合わせて自動で切り替わる字幕や解説をご覧いただくことで、はじめて能をご覧になる方にも安心してお楽しみいただけます。是非ご活用ください。
各演目の魅力と見どころ
仕舞「西王母」「花筐 狂」「女郎花」紋付き袴姿で舞う仕舞三番
「西王母(せいおうぼ)」中国の仙女・西王母が三千年に一度花開き、実を結ぶと言われる仙桃(せんとう)を皇帝に捧げて舞を舞うおめでたい内容の中国物です。
「花筐(はながたみ)」とは花籠(はなかご)のことで、狂女がかつて寵愛を受けていた人からもらった花筐を叩き落され、にわかに狂乱する様子を舞います。
「女郎花」は秋の七草として知られますが、能では「おみなめし」と読みます。京都・石清水八幡宮にある男山の女郎花にまつわる悲恋物語。恋の妄執に取りつかれた男女は地獄でもその罪に苦しめられます。
舞囃子「高砂」有名な一節からはじまるめでたい曲
「高砂」は「高砂や この浦舟に 帆を上げて」という謡の一節をご存じの方も多いと思いますが、「相生の松」のいわれから、和歌の徳、夫婦円満、天下泰平を寿ぐ能の名曲です。
地域によっては結婚式場で新郎新婦が座る一段高くなった席のことを「高砂」と呼ばれますが、こちらも能「高砂」に由来します。
舞囃子とは、仕舞に囃子が加わる上演形式です。
舞囃子「高砂」では有名な「高砂や〜」の【待謡(まちうたい)】と呼ばれる謡から、登場のお囃子【出端 (では)】によってシテが立ち【神舞】という颯爽とした舞が舞われ「千秋楽は民を撫で〜」という終曲までと、能の後半部が演じられます。祝福のエネルギーに満ち溢れた構成となり、たとえ謡が聞き取れなくても、めでたさと清々しさは、きっと感じていただけるものと思います。
狂言「鐘の音」同音異義語の取り違えが生む面白さ
「鐘の音」のかんたんなあらすじをご紹介します。
息子の元服(=成人)祝いに黄金造りの太刀を新調しようと思い立った主人が、召使いである太郎冠者に鎌倉へ行き「金の値」を聞いてくるよう言い付けます。
「かねのね」を「鐘の音」と勘違いした太郎冠者は、鎌倉の寺を巡り歩き鐘楼(しょうろう/しゅろう =鐘撞堂)の梵鐘(ぼんしょう = 撞き鐘)の音を聞き比べて帰ってきてしまいます。さて、怒った主人に太郎冠者がとっさに取った行動は……。
鎌倉という地はやはり鎌倉幕府が真っ先に思い浮かびますが、鎌倉五山をはじめとした、寺の多い場所としても有名です。そして、同時に刀鍛冶が数多く住むところとしてもよく知られていました。
そこへ「金」と「鐘」、「値」と「音」 という同音異義語(発音は同じだが、互いに区別される語)の取り違えを持ってきたおもしろさ。そして、それぞれの寺の鐘の音を擬音で表現する狂言ならではの演技をお楽しみください。
能「羽衣 和合之舞」能独特の「羽衣」物語
本公演の「羽衣」は、「和合之舞(わごうのまい)」という小書(特殊演出)付きでの演能です。
曲の題材となっている「羽衣伝説」は水辺に舞い降りた天女、その羽衣を漁師(あるいは猟師)が見つけて隠し、天に帰れなくなった天女はその漁師と夫婦になるといった物語で日本各地に伝わっています。
能では、羽衣伝説の設定を用いてはいますが、羽衣を隠して夫婦になるといったたぐいの民話的な部分は取り入れていません。仏教的な解釈と世界観が加味され、能独特の「羽衣」の物語が展開されます。
小書き「和合之舞」は、通常【序ノ舞】というゆったりとしたテンポの舞の後に短い謡が入り、【破ノ舞】という急調の舞を舞うところを、【序ノ舞】の最終部分をテンポアップして【破ノ舞】に変えることで統合します。さらにふたつの舞の間で歌われる短い謡も省略して終曲部(キリ)にスキップする演出です。
また、羽衣を掛けるシーンの演出や、装束も天女の天冠(てんがん)という冠に付ける装飾が変わるなど工夫が凝らされます。
小書の時にどういったことが変化するのかは、通常の番組、演出を観ていないとわからないものです。しかし、今回はじめて「羽衣」を、あるいはお能をご覧になるという方は、あまり気になさらずに「能にも演出があって、今回はいつもと違う特別な演出だよ」くらいの意識でご覧になってください。
境港市の能楽ゆかりのスポットを訪ねよう
「水木しげるロード」で能楽に関係する妖怪ブロンズ像を探そう
境港市は「ゲゲゲの鬼太郎」の作者として数多くの妖怪を描いてきた、日本を代表する漫画家 水木しげるの生誕地として知られています。1993年に誕生した「水木しげるロード」は国内のみならず海外観光客からも人気を博しています
水木しげるロードには全177体の妖怪ブロンズ像が設置されていて、街を歩きながら楽しめます。この妖怪ブロンズ像の中には、たとえば、能「猩々(しょうじょう)」など能の演目の題材になっています。このように能とも関連のある妖怪たちもいますので、公演のついでに探してみてはいかがでしょうか。
本演目「高砂」「羽衣」がイメージされる弓ヶ浜
今回上演される舞囃子「高砂」、能「羽衣」はどちらも海と松が影響を与える要素として登場します。
「白砂青松(はくしゃせいしょう)」という言葉は白い砂浜と青々とした松並木のことを指し、日本の美しい海岸の様子を言い表します。
米子市から境港市にまたがる「弓ヶ浜」は「日本の白砂青松100選」に選ばれ、昔ながらの美しい海浜の風景を今にとどめています。
「高砂」や「羽衣」の舞台となった砂浜はきっとこうした美しい砂浜だったに違いありません。ぜひ、この弓ヶ浜のイメージを思い浮かべながら本公演を楽しんでいただければと思います。