初めて行く能楽鑑賞体験記

初めて行く能楽鑑賞体験記

能楽ビギナー編

能楽は、老若男女、世代に関係なく楽しめる芸能ですが、能楽堂で多く見かけるのは中高年ファン。そこで、能楽はもとより、伝統芸能体験もほぼゼロという20代女子に、能楽の生舞台に初めて触れてもらい、能楽はどんな楽しみ方ができるのか、そもそも能楽堂とはどんなところなのかなど、彼女の素朴な疑問や率直な感想を交えながらレポートさせていただきました。今回、能楽を初体験するのは、深澤映美さん。唯一の伝統芸能体験は高校時代の歌舞伎鑑賞授業で、そのときには歌舞伎の知識がまったくなかったことも相まって、うっかり寝落ちをしてしまったという彼女。今回も、同様に寝落ちをしてしまうのではないか、不安を抱えながらの能楽体験スタートです!

プロフィール

能楽鑑賞体験記_プロフィール

深澤映美さん

23歳・埼玉出身

都内のIT企業に勤務する社会人1年生。175cmの長身を活かして学生時代はバレーボール部で活躍。大学時代は音楽サークルに所属し、ドラムを担当。「能楽といえば、頭に浮かぶのは授業で学んだ観阿弥・世阿弥くらい」というイマドキ女子です。

素朴な疑問①今回の能楽はどんな公演?

能楽界のオールスターが出演する“能楽フェス”的公演!

能・狂言の能楽公演が行われる能楽堂は、日本全国に北海道から鹿児島まで約90カ所あり、各能楽堂では、流派ごとの公演を中心に、現在では流派を超えた公演や、普及のための講座を交えた公演なども行われています。

今回、深澤さんが鑑賞するのは、2020年7〜8月の10日間に東京・国立能楽堂で行われた、人間国宝や各流儀の宗家など能楽界のオールスターが日替わりで登場する「能楽公演2020~新型コロナウイルス終息祈願~」(最終日・8月7日)。音楽にたとえるなら、大物アーティストが多数出演する『フジ・ロック・フェスティバル』や『サマー・ソニック』のような“能楽フェス”といえます。

素朴な疑問②能楽堂まではどう行く?

国立能楽堂は最寄り駅のJR千駄ヶ谷駅から徒歩5分の近さ

全国の各能楽堂は、専用駐車場を持ち合わせていないところも多数あります。
今回の会場である国立能楽堂もそのひとつですが、最寄り駅のJR千駄ヶ谷駅からは徒歩5分の近さなので、だんぜん公共交通機関&徒歩ルートが便利です。

JR千駄ヶ谷駅に現れた深澤さんの第一声は「埼玉から東京は割と近場なのに、千駄ヶ谷駅で降りたこと自体、はじめてかも!?」でした。

「千駄ヶ谷といえば、大好きなマンガ『黒子のバスケ』に出てくる東京体育館のイメージくらいしかなかったですが、街路樹など意外と緑が多いんですね」などと話しながら歩いているうちに、あっという間に到着。

初めて行く能楽鑑賞体験記_入口
能楽堂入口の前で記念撮影

「街路樹のある道を曲がったら、急に古風な門構えがボンッと現れたのでビックリ。周囲をビルに囲まれて、ひっそり建っている和の趣の建物は、都会の中の異空間って感じですね」

素朴な疑問③能楽公演のチケット

今回はQRチケットレスでスムーズに入場

国立能楽堂のエントランスをくぐったら、受付でチケットを提示します。

中庭
今回はQRコードチケットで入場

今回の公演では、一般プレイガイドからの紙チケットのほか、能楽協会公式ウェブサイトからQRチケットが発売されました。
深澤さんは、スマホでQRコードを提示しただけで、スムーズに入場。

場内に入場

「いまは、音楽のコンサートなどもほぼQRチケットですし、私たち世代は違和感ありませんが、能楽公演にも導入されているとは、正直、驚きでした。QRチケットだったら、紙のように紛失するコワサもないし、受付で見せるだけなのでコロナ対策としてもバッチリですね」

受付を済ませて顔を上げると、なんと、大倉流小鼓方十六世宗家で人間国宝でもある大倉源次郎さんと、金春流シテ方能楽師の山井綱雄さんという人気のお二人が笑顔で出迎えてくれました。
今回の公演では、能楽協会の理事も務める能楽師の皆さんが日替わりで観客の皆さんのお出迎えとお見送りを担当されているのです。

「楽屋口で出待ちをしなくても、演者さんに会えるなんて、すごい!ファンにとっては、能楽が身近に感じられる、うれしいサービスですね」
と深澤さんも感激の面持ちでした。

素朴な疑問④国立能楽堂のなかはどんな感じ?

非日常とぬくもりを感じる落ち着いた空間

国立能楽堂_内装
能楽堂内のおしゃれな壁に感動!
国立能楽堂_屏風
本公演期間中に展示された石飛博光作の屏風
新型コロナウィルス最前線にある医療従事者へ感謝を伝える作品

初めて足を踏み入れた国立能楽堂のなかを興味津々といった様子でキョロキョロ見回す深澤さん。
その視線が止まったのは、美しい内装の数々でした。

色豊かな空が描かれた織物の緞帳や、ガラスモザイクがきらめく壁があったり、中央ロビーには神社の寝殿造りが連想される円柱や木造細工が配されています。
視線を上に向けると、そこには花柄が散りばめられた柔らかな色調が美しい天井がありました。

「すごくステキ!非日常を感じる一方で、中庭の緑や、中央ロビーの木造りにはぬくもりが感じられて落ち着きますね」

素朴な疑問⑤国立能楽堂での食事は?

レストランでの本格食事のほか、ロビーで軽食を楽しむことも

能楽鑑賞体験記_食堂風景
能楽堂内の食堂でたべたうな重を記念撮影

国立能楽堂には、約100人が収容できる広いレストラン『向日葵』があり、公演が開催される日には開場の30分前にオープンするので、中庭を眺めながら、幕の内弁当やステーキセットといった本格的な食事から、うどんなどの軽食、和洋のスイーツ、各種ドリンクが楽しめます。
ちなみに、公演のない日もランチタイムのみオープンしているので、国立能楽堂の見学ついでにランチというような楽しみ方もできそうです。

当日、深澤さんはレストランでうな重を楽しみました。

「現在は会場の中での飲食は禁止されていますが、コロナ以前はロビーのソファなどでもおにぎりやサンドウィッチなどの軽食をとることができたと聞きました。
次回、もしもコロナが収束していたら、来る途中にテイクアウトして、中庭をみながら食べようかな。そして、レストランでは、メニューに和菓子セットがあるのを見つけたので、次回のお楽しみにします」

素朴な疑問⑥能楽公演での新型コロナウイルス感染予防対策は?

会場の雰囲気に配慮した対策で安全と安心を確保

お手洗いに並んでいた深澤さんが発見したのは、ソーシャルディスタンスを守るために床に掲示されていた足もとのマーク。
よく見ると、足形の代わりに貼られていたのは足袋の形のマークでした!

国立能楽堂_コロナ対策
お手洗い前で、ソーシャルディスタンスを促すための足袋マークを発見

「わー、かわいい!」と声をあげる深澤さん。「能楽らしい心配りがうれしいですね」

そうした能楽の雰囲気に配慮したコロナ対策は随所に見られました。

バラの香りがする蚊取り線香もそのひとつ。換気のために、ふだんは締め切っている中庭のガラスドアを開け、会場のドアも開放。
その分、蚊対策として、会場の各所に蚊取り線香が置かれたのですが、それに香り付きのものが採用されていたのです。
蚊取り線香の近くには、万一のために消火用の水まで用意されていました。

また、公演会場の座席は、前後左右を空けた市松模様に配置され、空き座席には違和感のないように文様紙が張られていました。

このほか、エントランス前での手指のアルコール消毒に検温、各所に置かれたアルコール消毒液など、できる限りの対策で安全と安心を確保したことで、全10公演の千穐楽を無事に迎えることができたのです。

国立能楽堂_会場内
開演前の公演会場でパシャリ
国立能楽堂_感染症対策
公演スタッフもウィルス対策をしっかり行っています

素朴な疑問⑦実際の舞台の様子とは?

現代のお笑いコントが連想された狂言、能では各見せ場に瞠目

いよいよ、公演がスタート!最初の番組は、舞囃子(まいばやし)

舞囃子とは、能の舞所をシテ(能の主人公)が面や装束をつけずに紋服・袴姿で、地謡(謡のコーラスグループ)と囃子(笛・小鼓・大鼓・太鼓)に合わせて舞う略式公演です。
演目は『乱(みだれ)』。酒好きな精・猩々が喜びの舞を舞うという内容で、シテの足運びと囃子との掛け合いが楽しい演目でした。

2つ目の番組は、仕舞(しまい)

能の見せ場だけをシテがやはり素のまま、地謡に合わせて舞います。
演目は、祝いの曲として能ではおなじみの『鶴亀』。皇帝役のシテの荘重な舞が披露されましたが、この演目は短い曲で約5分間で終わってしまいました。

能楽公演_鶴亀
鶴亀

「最初の2つの演目とも、演者は全員ほぼ同じ紋服・袴姿で、舞台も小道具などがないので能舞台のまま。その分、みなさんの芸に集中できました。地謡さんたちが謡うときにいっせいに扇を手に取り、謡い終わるとまたいっせいに床に置く動作も一糸乱れずで、シンプルだからこそ際立つ匠の技って感じでした」

3つ目の番組は、狂言(対話を中心とした笑劇)の『棒縛』

主の留守中に酒を盗み飲みしないように、使用人の一人は棒に縛られ、もう一人は後ろ手に縛られる、そんな二人が不自由ながらもアイデアを凝らして酒を飲む姿が滑稽に演じられる狂言の代表的な演目です。

「もうこれは現代のお笑いを観ているのと同じ感覚で楽しめました。
お笑い好きの私には、ジャングルポケットさんのコントの“風(エッセンス)”を感じました。声には出さなかったけれど、内心ではずっと爆笑で、そうまでして酒を飲みたいものかと登場人物の二人に愛着が湧きました。
動きが大きく、棒や酒樽という小道具も登場したので、内容もとても分かりやすく、初の能楽でも十分に楽しめる番組でした」

20分間の休憩をはさんで、いよいよ最後の番組は能の『道成寺』

道成寺の釣鐘供養に現れた白拍子は供養の舞を踊りますが、隙を見て鐘を引き落とし、鐘の中に入ってしまいます。ことの次第を聞いた寺僧は、昔、娘に執着された山伏が鐘の中に逃げ隠れたものの、娘は大蛇になって山伏を鐘もろとも焼き殺したことを明かします。
これを聞いた寺僧たちが祈祷すると鐘が上がり、中から大蛇に変身した女が現れます。
大蛇は炎を吐いて抵抗しますが、寺僧たちに祈り伏せられ、わが身を焼きつつ川へと姿を消すというストーリー。
見せ場が多いことから、能屈指の大曲ともいわれる演目です。

能楽公演_道成寺
道成寺

舞台は、後見によって舞台中央に大きな鐘が運ばれ、舞台天井の滑車に釣り上げられるところからはじまります。
シテの白拍子が登場すると、長い間をとって小鼓を打つ音と鋭い掛け声が交互に繰り返され、シテはそれに合わせてゆっくり、足先やかかとを上げたり引いたり。
この舞は「乱拍子」といわれ、恨みを表現する見せ場の1つ。
その静寂を破り、シテが激しく舞ううちに、後見によって鐘が落とされ、シテが鐘に飛び入ります。これが「鐘入り」といわれる有名な場面で、前半の最大の見どころとなります。

後半、寺僧たちが祈祷をはじめると、今度は鐘が引き上げられ、般若の面に変わり装束も一変したシテが現れます。
そう、シテはその間、鐘の中で大蛇の扮装に着替えていたのです。
シテは激しく舞い、やがて舞台から姿を消します。
しかし、ここで終演とはならず、再び後見が登場し、鐘を下ろして舞台から運び去ったところで、本当の終わりとなるのでした。

「最初に鐘を天井に釣り上げるところから感動してしまいました。
ハシゴを使えば、すぐに釣り上げられるのに、それをあえて天井の滑車に竹の棒を使って綱を通すところから行い、しかもその様子を観客に見せてしまうなんてスゴイと鳥肌が立ちました。
あと、シテが足を上げるのと小鼓が入るタイミングがピッタリだったり、シテと地謡と囃子方のみなさんが目も合わせずに音やリズムを合わせていることに驚きました。
学生時代にバンドでドラムを叩いていましたが、メンバー同士で目を合わせてタイミングをはかっても音を揃えるのって難しいんです。
いったい、どれほどの時間をかけて積み上げてきた芸なんだろうと感嘆しました」

音楽経験のある深澤さんならではの感想ですが、一方でわからなかった点を尋ねると……。

「前半、シテがスローモーションのような動きだったところです。なんで、あんなにも動きがゆっくりなのか、正直、意味がわからず、時間の流れが長く感じられました」とのこと。

すべての公演を見終わった深澤さん、能楽に対する印象はどう変わったでしょう?
能楽鑑賞体験記_インタビュー風景
公演内容を楽しく振り返る深澤さん

「初体験の感想を大事にしたいと考えて、あえて事前知識を入れずに鑑賞に臨みましたが、それでも意外に楽しめたことに自分でも驚いています。
ストーリーをすべて理解できたわけではないけれど、狂言ではクスクス笑えたし、能では、大蛇に変身せざるを得なかった女の悲しさなどが胸に刺さりました。
あとは、ストーリーのテーマが現代に通じていて、『棒縛』ではお酒好きはどの時代も変わらないことを実感できましたし、『道成寺』ではストーカーってやっぱりコワイとか(笑)、そんなふうに感じられて、観る前よりグンと親しみやすいものになりました」

素朴な疑問⑧2回目の能楽鑑賞はあり?

自分とは観点の異なる友人と『源氏物語』が題材の能を観たい!

「今回の体験をきっかけに、もう一度、能楽鑑賞をしたくなったという深澤さんに、次回の能楽鑑賞への抱負を尋ねてみました。

「次回は、友人と一緒に来たいですね。
私は、音楽好きなので、今回とくに囃子や謡の音の強弱に興味を持ちましたが、人によっては演者さんの動きに注目したり、見方はそれぞれだと思うんです。
ですから、自分とは異なる観点を持っている友人と一緒に鑑賞して、終わった後にお茶をしながら面白かった点など語り合ったら、盛り上がりそうです!」

ご友人と観たいのはどんな演目でしょう?

「『源氏物語』を題材とした能の演目があると聞いたので、ぜひ観てみたいです。現代語訳を読んだことがあるので、より理解しやすいかなと思ったからです。
あとは、やはり音楽好きなので、囃子や謡で有名な演目があったら、音に注力して鑑賞してみたいですね」

素朴な疑問⑨能楽鑑賞時の服装とは?

フォーマルにこだわりすぎずにオシャレを楽しみたい

能楽初体験の深澤さんの服装は、黒のスタンドカラーのブラウスにジーンズでしたが……。
能楽鑑賞体験記_ファッション
能楽鑑賞時の深澤さんのファッション

「実は、能楽鑑賞ということで、服装はかなり迷いました。ふだんは、Tシャツと短パンにサンダルみたいなラフなスタイルが多いんですが、やはり少しはきちんとすべきかなと思い、シンプルな服装にしました。
実際、国立能楽堂では、それほど浮かない感じではありましたが、色鮮やかなスカートを履かれている女性や、綺麗なお着物姿の方もお見かけしたので、むしろもう少し派手にオシャレしてきても良かったかなと感じています。
着物も成人式のときにあつらえたものがあるので、こういう機会にチャレンジして、格好良く着こなせるようになったらいいなと夢が広がりました」

能楽鑑賞では、比較的フォーマルな服装が多く、着物姿の方もいらっしゃいますが、とくに決まりごとはなし。
短パンやサンダルなどカジュアルすぎる服装は控える必要がありますが、肩肘張らず、好みのスタイルで、深澤さんがおっしゃるようにオシャレを楽しむ気持ちで臨むのが良いと思われます。

素朴な疑問⑩能楽の初歩知識を身につけたいと思ったら?

マンガで読めるガイド本や能楽協会のウェブサイトをチェック!

実は、深澤さん、今回の公演中、会場に出店されていた能・狂言の専門書店『檜書店』で、『まんがで楽しむ能の名曲七〇曲』(檜書店発行・1,320円税込)を購入していました。

能楽鑑賞体験記_お土産
おみやげに能楽の漫画を購入

この書籍は、深澤さんが次回観たいとおっしゃっていた『源氏物語』が題材の演目『葵上』をはじめ、上演機会の多い能の名曲のストーリーをマンガでわかりやすく解説されている初心者向けのガイド本。

「“まんがで楽しむ”というタイトルに惹かれて、即購入。マンガで読むほうが頭に入りやすいですから。帰宅したら早速、本日観た演目の解説を読んで、様々な疑問を解決したいです」と深澤さん。

また、この書籍同様に役立ちそうなのが、能楽協会の公式ウェブサイトという深澤さん。

「公式サイトにも、能楽の基礎知識や、各演目の解説などが数多く掲載されている曲目データベースがあって、しかもスマホで手軽に見られるので便利。次回は、スマホでこれから観る演目のあらすじを読んでから能楽鑑賞に臨みたいです」


エピローグ ズバリ能楽鑑賞とは?

コンサートやフェス同様、雰囲気込みで気軽に楽しめるレジャーです!

深澤さん、取材にご協力いただき、ありがとうございました!
能楽初体験の深澤さんの視線を通して、これから能楽をご覧になる方たちが疑問に感じるであろう事柄や、不安に思う点などを抽出しながら体験レポートをお届けしました。
これをお読みいただき、能楽鑑賞は、はじめての方にとっても、それほど敷居が高くなく、さらに能楽堂の雰囲気込みで十分に楽しめるものであることがお分かりいただけたことと思います。
音楽のコンサートやフェスに行くのと同様に、お友達を誘って気軽に能楽堂に遊びに来てください。