能楽をより楽しむために、読んでおきたい3つの古典文学

能楽をより楽しむために、読んでおきたい3つの古典文学

はじめに

「能楽」は、室町時代から650年以上も受け継がれてきた日本伝統の舞台芸術です。
能楽の曲数は数多ありますが、実は、室町時代以前に登場した古典文学が典拠となった物語が数多くあるのも魅力の一つです。
謡(曲の歌詞)の中には古今和歌集に掲載されている和歌の一節を感じられる曲もあるなど、能楽と古典文学は深く関係していることが伺えます。

典拠となっている作品例として、以下の文学作品が挙げられます。

  • 伊勢物語
  • 義経記
  • 源氏物語
  • 今昔物語
  • 平家物語

学校で習った作品もあるのではないでしょうか。
特に、平安時代に執筆されたものや平安後期の源平合戦を題材にしたものは、老若男女問わず人気があり、事前に文学作品を読んでおくと、さらに能の世界を楽しむことができます。

ここでは人気が高く、馴染みのある以下の3つの古典文学を紹介します。

平家物語

平家物語は鎌倉時代に成立されたとする軍記物語で、巻数は十二巻にもおよびます。
「祇園精舎の鐘の声」から始まる物語は、太政大臣となった平清盛の生涯や平家一門の栄華から、源義経により壇ノ浦で平家一門が滅ぶまでを描いています(平家滅亡後の義経については義経記にて知ることができます)。

当時の歴史を知るにあたって重要な文献であるのみならず、登場する人物の愛憎劇や滅びの美学、武士たちの活躍など、日本人の琴線に触れる話も多く、能楽でも人気の曲が多いです。

平敦盛と熊谷直実

能楽協会_敦盛公演画像
敦盛後場 一ノ谷の戦いの様子を舞う平敦盛の霊

「敦盛」という曲の典拠になっているのが、一ノ谷の戦いにおける平敦盛と熊谷直実の一騎打ちです。

一ノ谷の戦いは源平合戦後期、源義仲が源義経に滅ぼされたすぐ後の頃の合戦です。
源義経が平氏の陣を目がけて崖の上から馬に乗って逆落としをし、わずかな兵で源氏を勝利に導いたことでも有名です。

敗走し、沖の船まで逃げようとする騎馬の武士を熊谷直実が見つけて呼び止めます。
その声に応じて戻った武士(平敦盛)は、直実に馬から組み落とされて首に刀をあてられます。
まさに首を切られようとしたその時、直実は敦盛の顔を見て、自身の子と同い年程度に見えたため、助けようとします。
しかし若武者・敦盛は首を取れと言い、直実は泣く泣く首を斬り、さめざめと泣きます。熊谷直実はその後、出家します。

この、我が子と同い年程度の若武者を斬らねばならなかった直実の心情や敦盛の最期に、心を打たれずにはいられません。

屋島の戦いにおける源義経

能楽協会_屋島
八島後場 修羅道での様子を舞う源義経の霊

「八島(観世流では「屋島」)」の典拠になっているのが屋島の戦いです。前述の一ノ谷の戦い後、敗戦が重なる平氏が源義経に追われ、屋島にて合戦が行われ、源氏が勝利しました。
合戦の様子の他、平家が用意した竿先の扇を那須与一が射貫くエピソードでも有名です。

義経が平氏の熊手にて自身の弓を落としてしまい、それを名誉のために取り返す場面は能楽の曲の中でも描かれています。

平家物語を典拠とした曲一例

  • 八島(屋島)
  • 敦盛
  • 清経
  • 忠度
  • 船弁慶
  • 熊野

源氏物語

源氏物語は、紫式部が執筆した全五十四帖にわたる文学作品です。
「光源氏」を主人公として宮廷における恋愛や苦悩を描いた前半とその子「薫」の恋愛模様を描いています。

葵の上と六条御息所

能楽協会_葵上公演画像
葵上前場 六条御息所の生霊(泥眼面)
能楽協会_葵上
葵上後場 六条御息所生霊(般若面)

「葵上」という曲の典拠となっているのがこの二人の関係です。
葵の上は光源氏の正妻。六条御息所は身分も高く気品もあり光源氏と恋愛関係にありますが、光源氏との逢瀬は次第に疎遠になっていきます。そのため他の女性に強い嫉妬を抱くようになり、生霊となって光源氏の恋人に仇なすようになります。
ある年の賀茂祭の折に六条御息所と葵の上の牛車が鉢合わせしたところ、葵の上の家人にひどい仕打ちをうけたのがきっかけで、葵の上も生霊となった六条御息所に苦しめられることになります。

なお、能楽において「葵上」という曲名ではありますが、葵の上本人は登場せず、小袖で表現します。病床に付した葵の上の魂を引き抜こうとする六条御息所の生霊の物語は、源氏物語を知っていればなおさら深く感情移入ができることでしょう。

夕顔

能楽協会_半蔀
半蔀後場 光源氏との恋を語り舞う夕顔の霊

「半蔀(はじとみ)」という曲に登場する夕顔の上の最期も儚さを感じるお話です。
光源氏が乳母を見舞う際、白く咲く夕顔の花を見つけます。一輪持ってこさせようとすると童女が出てきて夕顔の花をのせた扇を渡されます。
光源氏が乳母を見舞った後に扇を見ると和歌が書いており、光源氏はその女性に興味を抱き、返歌を書いて送ります。
そこから光源氏の逢瀬がはじまりますが、ある日、光源氏が近くの荒れた院に夕顔を連れて行くと、枕元に怪しい女が現れて恨み言を言います。
光源氏が起きて夕顔を見るとすでに死んでおり、物の怪にとり憑かれたのだと光源氏はむせび泣きます。

「半蔀」では、僧の前に夕顔の霊が出てきて光源氏との恋愛模様を語り、舞を舞った後、弔いを頼みます。実は僧の夢だったというお話ですが、夕顔の美しさや儚さが泡沫の侘しさを感じさせてくれます。

源氏物語を典拠とした曲一例

  • 浮舟
  • 葵上
  • 夕顔

今昔物語

平安時代末期に成立したとされる説話集です。 天竺(インド)、震旦(中国)、本朝(日本)の三部構成になっており、千を超える説話が収録されているため、とても読みごたえがあります。 芥川龍之介の「羅生門」や「鼻」も今昔物語から着想を得たとされています。

安珍・清姫の伝説

能楽協会_道成寺
道成寺 前シテ「白拍子」
○道成寺_2
道成寺 後シテ「蛇体」

「道成寺」という曲の典拠となる物語です。
ある老僧と若い僧(安珍)が熊野詣の折、とある家に宿をとったところ、その宿の女主人(清姫)が若い僧に惚れ、夫にしたいと申し出ます。しかし若い僧は熊野詣が終わるまではと拒否し、女主人は二人が熊野詣から帰ってくるのを待ちます。
ただ、待てども女主人の元に若い僧は訪れず、逃げられたことを知った女主人は怒り狂い、大蛇となって若い僧を追いかけます。
追われた若い僧は道成寺に駆け込み、鐘を下ろしてもらってその中に隠れますが、大蛇は鐘に巻き付いて竜頭を咥えて何度も叩きます。
大蛇は帰っていきますが、鐘は炎で燃えており、水をかけて冷やすと後にはわずかの灰が残るばかりでした。

「道成寺」を演じる際、能舞台には大きな鐘が吊るされます。
シテ(主人公)である白拍子が舞いながら鐘の中に入り込む場面は危険度も高く、さらに鐘の中で衣装替えをするなど、この曲独特の演出は見所です。
また、乱拍子というシテと小鼓で演じる見せ場も難易度が高く、全体を通して大曲と言われる所以や見どころが数多くあります。

今昔物語を典拠とした曲一例

  • 道成寺
  • 田村

おわりに

いかがでしたでしょうか。
冒頭でも述べましたが他にも多くの古典文学を典拠としておりますので、原文、現代語訳問わず、各古典文学に親しんでみると能楽の魅力をさらに知ることができます。
ぜひ、公演にいらして能の世界をお楽しみください。