能楽をさらに楽しむ「夢幻能」という魅力

能楽をさらに楽しむ「夢幻能」という魅力

はじめに

「能楽」に少し触れて謡本をいくつか読むと、幽霊が多く登場することに気づく人もいるかもしれません。
能楽では曲中に僧侶や村人などの生きている人間以外に、霊的な存在が登場します。その他にも神様や鬼、天狗といった人外の存在も登場する曲もあります。

能楽協会_井筒公演画像
井筒後場 井筒を覗きこむ在原業平の妻の霊

「井筒」という曲を例に挙げてみます。
旅の僧が在原寺に立ち寄り、在原業平と妻を弔っていると、里に住む女が登場し、在原業平と妻の馴れ初めを語り、実は自分は在原業平の妻(の霊)であると明かして去っていきます。
その夜、僧が眠っていると夢の中に、先ほどの霊が在原業平の装束(衣装)を着て現れ、在原業平と過ごした日々を懐かしみながら舞います。
そのまま井筒(井戸)を覗くと、水面に映る自身を見て在原業平を思い出し、恍惚の表情を浮かべます。そして夜が明けて、在原業平の妻の霊が消え、僧が目覚めるところで曲は終わります。

このように、霊的存在が登場して過去を回想する形で物語が展開する曲は「夢幻能」と呼ばれる形式に分類されます。
上述の井筒は、作者である世阿弥自身が「上花也」(最高傑作である)と自賛するほどの曲で、夢幻能について知りたい方にはぜひ鑑賞いただきたい作品です。

霊的な存在が登場するため、能楽に触れたばかりの方の中には、能楽自体に対する湿っぽさや怖さを感じるかもしれません。
しかしながら、現代よりも死や異界が身近にあった当時の価値観の違いを感じられる部分でもあり、能をさらに楽しめるポイントでもあります。

能の歴史と夢幻能

夢幻能は、世阿弥が確立した作劇法で父・観阿弥の志した幽玄を受け継いでつくられていったものです。
世阿弥より前には、田楽と呼ばれる田植えの際の囃しに合わせた見世物や、寺社での祈祷として使われていた猿楽などがありました。

狂言もこの頃登場したと言われています。室町初期に観阿弥が登場し、今の能楽の礎を築きます。
世阿弥と共に室町幕府三代将軍足利義満に気にいられることで世間の注目を浴びることになりますが、世阿弥が世に送り出す作品により、さらに人気が高まることになります。
世阿弥は内容を改訂したり、夢幻能のスタイルを確立したりし、能を一層優美な舞台芸術に高めました。
観阿弥の志した「幽玄」の美を理想とする歌舞主体の芸能に磨き上げていきました。

今の能楽もこの世阿弥のスタイルが継承されています。

夢幻能の構成

前場と後場との二部構成になっている曲が多く、前場では旅人(ワキ=相手役)がどこかに訪れた際にその土地の人間(シテ=主役)と出会い、その土地の過去にあった話を聞いて、
「実は私はその幽霊だ」
と言って消えていきます。
後場ではその幽霊が再び登場し、当時について語り舞い、消えていきます。
この構成は夢幻能で多く見られる形ですので、夢幻能を鑑賞する際に頭の片隅に入れておくと、より物語を理解することができます。

この夢幻能の構成では、物語が霊の一人称視点で語られることになり、生前の心理描写などが生々しく感情移入しやすいため、鑑賞している聞き手は物語の中により没入していきます。
そして、各曲のストーリー性と幽玄の美しさがあいまって、現代でも受け継がれる能楽の魅力となっています。

夢幻能一例

清経

能楽協会_清経公演画像
清経後場 修羅道の様子を語り舞う平清経の霊

平清経が源氏との戦いに絶望して入水したとの報を、都でひっそりと暮らす清経の妻は聞かされます。再会できなかったことを恨み、届けられた遺髪を突き返すようにして悲しみます。
清経への想いが募る妻の夢の中で、甲冑姿の清経が現れ、入水に至るまでの戦いの様子や死後の修羅道について語り舞い、最後は念仏によって救われます。

この作品は夢幻能ではありますが、前場、後場と別れていない一場面形式の夢幻能です。

江口

能楽協会_江口
江口後場 江口の君が遊女達と共に、屋形舟に乗って船遊びをしている場面

旅の僧が、もともと遊里で名高かった江口という里を訪れます。
そこはかつて西行法師が一夜の宿を断られた里で、当時西行が詠んだという和歌を僧が口ずさむと、一人の女性が現れます。
女性は、遊女であったが故、出家をした西行の名を貶めないよう宿を貸さなかったのであり、西行を断った遊女・江口の君は実は自分であると明かして消えていきます。
夜、僧が江口の君を弔っていると、遊女たちを伴い月下に舟遊びの様で江口の君の幽霊が現れ、人々の罪深さや世の無常さを説きます。
それにより、江口の君は普賢菩薩となり、光明につつまれ白象に乗って西の空へ旅立ってゆくのでした。

登場人物も多く、見ごたえある場面が多いこの曲は、仏教の説法の要素も含まれており、今でも謡の一部が法要時に謡われることもあります。

さらに能楽を楽しむために

いかがでしょうか。能楽を代表する構成である夢幻能は、その形式だからこそ能楽の魅力がさらに高まり、鑑賞する人々を能楽の世界に惹きこんできました。
興味がでてきましたらぜひ一度、公演を鑑賞いただいたり、体験等を通じて能楽に触れてみてください。