能楽なぜなに~歴史や伝承、楽しみ方~
能楽についてプロの先生方にお伺いする「能楽なぜなに」。
今回はシテ方宝生流の水上優さんに、能楽と歴史、伝承や楽しみ方など、私たちに身近な能楽についてお伺いしました。
水上先生のプロフィールは能楽協会の会員ページでもご覧いただけます。
能楽と歴史について
Q1 神社で「薪能」というものが催されていると聞きました。この薪能は通常の能楽公演とどう違うのでしょうか?また薪能にはどのようなものがあるのでしょうか?
「薪能」本来の意味は奈良興福寺で執り行われていた「修二会(しゅにえ)」に付随した神事でありましたが、現在では広義に「薪(篝火)を焚いて催される野外能」の意味で使われています。
通常の能公演は「能楽堂」という劇場内の舞台で照明のもとで演じられますが、「薪能」は屋外で篝火のもとで演じられます。この違いが大きく、屋外で演じられますので、風の音や衣装のこすれる音がマイクに入ってしまったり、夜間の演能ですので篝火に集まった虫が舞台上に…など、様々ハプニングも起きますが演者は動ぜず、「通常」通りに演じなければなりません。
また屋外での演能ですと天候によっては中止にせざるを得なくなりますので、ホール等の屋内で「薪能風」の催しが行われることもあります。
また寺社だけでなく、お城や公園などの観光地で自治体主催の「薪能」も多く開催されています。
Q2 戦国時代、大名は能楽と茶道が必須だったと聞きました。なぜだったのでしょうか?
武士が能楽を嗜んだ理由としては「足利将軍家が能楽(当時は猿楽)に興味を持ち役者を庇護したので他の大名、武士もそれに習った」「能の人生観、死生観などが当時の武士に共感するものだった」「観能の場が武士同士の社交、情報交換の場になった」などが考えられます。
また茶道については茶の湯が室町時代以降、武家社会の間に広まるにつけ「名器の茶器を所有することが武士のステータス」「戦功で土地の代わりに茶器が与えられた」「狭い茶室は密談に適していた」「武士同士の交流だけではなく、普段は直接交流しにくい武士と町人が茶道を通して交流した」などの理由があったようです。
このように両者に共通しているのは「社交・情報交換の場」であるので、武家社会の中で能楽、茶道を「自分はやりたくないのでやらない」では済まなかったのではないかと考えられます。
能楽、茶道ともに室町時代に武家の間に広まった文化です。例えば和歌などのそれまでの公家の文化ではなく、自分たちが作り、育てて花開いた文化を大切にしようと思う気持ちも武士たちの中にあったのかもしれません。
Q3 織田信長の舞った敦盛「人間五十年~」は皆さん稽古するのですか?
信長が桶狭間の戦いに臨み、「人間五十年~」と謡い、舞うシーンは多くの時代劇で目にする場面ですが、残念ながら(?)「人間五十年~」は能ではないのでお稽古したことはありません。
信長が舞ったと伝えられる「敦盛」は能と同時期に武家の中で流行した「幸若舞」という別の芸能です。能にも「敦盛」という演目があり両者とも「平敦盛」が主人公の演目ですが別物です。
伝承について
Q4 演目によっては、何十年に一度程度の頻度でしか演じられないものあると聞きました。その場合、どうやって伝えられていくのですか?
各流儀で演じる事ができることになっている演目(現行曲と言います)には必ず「附(ツケ)」という台本や楽譜に相当するものが存在し、多くの場合、各流儀の家元が所有しています。
その「附」を読み解けば、見たことがない曲でも演じることができます。ただしそのような場合は通常1度しか行わない申し合わせ(全出演者揃ってのリハーサル)を数度行い、本番に臨むことが多いようです。
Q5 観阿弥・世阿弥はどのような存在ですか?
お二方ともに天才的な役者であり、能楽を現代まで続く芸能に仕上げて下さった方々、というところが多くの能楽師の観阿弥・世阿弥に対する共通の認識ではないでしょうか。
それ以上の考え方、とらえ方は、シテ方、ワキ方、狂言方などの役によって、また流儀やそれぞれの立場によって異なってくるのではないかと思います。
Q6 口伝のみで受け継がれていく演目などあるのですか?
他の流儀やお役によってはあるのかもしれませんが、私が今まで勤めた役の中にはありませんでした。 ただし、自分で附(つけ)が読めない子方(子役)の稽古ですと、親なり、師匠が口伝で全て教えることになりますし、私共の使う附にも注意書きで「口伝多シ注意スベシ」などと書き込んである場合もあります。
Q7 女性は能楽師になれるのですか?
女性も能楽師になることはできます。能は観阿弥、世阿弥の時代から江戸時代まで男性のみで演じられていましたが、明治以降女性も舞台に上がる事を許され、現在多くの「女流能楽師」が活躍しています。
ただし役や曲によっては出演の機会が制限されている部分もあります。
Q8 子供たちへの普及活動はどんなことをされていますか?
各流儀、または個人の能楽師が学校(小・中・高・大)での出張公演、体験ワークショップ、夏休み教室など子供たちに対して様々な普及活動を行っています。また、各能楽団体が文化庁より受託して行う小学校・中学校向けの巡回公演も全国で数多く実施しています。
能楽協会でも「キッズ伝統芸能体験」や「さわってみよう能の世界」などの子供を対象にした事業に積極的に参加、協力しています。また学校の先生方を対象にした「教員セミナー」を開催し、まずは学校の先生方に能を理解して頂き、先生方から子供たちへ能を伝えて頂く、という活動にも力を入れています。
能楽の楽しみ方について
Q9 私たちが普段、家で能楽を楽しむ方法を教えてください。
今、こちらをご覧になっている皆様はインターネット環境が整っていらっしゃるはずですので、まずはインターネットで能をご覧になってはいかがでしょうか?
各流儀、団体、個人のホームページが多くあり、それぞれ工夫をこらしていて、公演情報以外にも能や仕舞の動画(無料・有料)を配信している場合もあります。
まずはそのようなところから気軽にご覧いただき、「今度は能楽堂で観てみたい!」と思っていただけると幸いです。
またご自身で能の稽古を始めることもよいでしょう。能の稽古といっても最初から能を丸ごと稽古する訳ではなく、通常「謡(うたい)(能の詞章)」や「仕舞(しまい)(能の一部分を舞う)」の稽古から始めます。準備するものは謡本と仕舞用の扇と白足袋くらいで老若男女、どなたでも気軽に始めることができます。
能の稽古をされると能の演目の原典の古典に興味が沸いたり、四季折々の変化に謡の一節が思い出されたりなど、情緒豊かな気持ちで日々をお過ごしいただけることと思います。
お稽古を始めてみたいが講師をどこで探せばわからない、という場合には、能楽協会のホームページ内、稽古場検索ページ、また各能楽堂でも講師を紹介していますのでご活用ください。
Q10 愛好者が好む演目や、能楽を初めて楽しむ方が喜ぶ演目はありますか?
一般的には能を初めてご覧になる方には型(能の動き)が多く、ストーリーの展開が分かりやすく、比較的演能時間の短い曲(黒塚、船弁慶、石橋など)を鑑賞して頂き、段々と”能らしい”「三番目物」といわれる静かで優美な曲をご覧頂くようにおススメしています。
ただ、何に感動し、面白く感じるのかはそれぞれ個人の感性によるものなので、最初から「三番目物」を好む方もいらっしゃいますし、「30年以上能を見続けているが三番目物を観て寝ないことは無い」とおっしゃる方もいます。
Q11 能楽堂で鑑賞前に準備することや調べておくことなどありますか?
どうぞ気構えることなくお気楽にいらして下さい、と申し上げたいところではありますが、何の準備も予備知識もなく能を鑑賞すると、5分、10分経過しても全く動かない役者、ゆったりと何を謡っているのかわからない地謡、独特の掛け声と心地よい囃子の音色がきっと皆さんを夢の世界に導くでしょう。
そうならない為に手軽にできる事は、多くの場合公演のチラシ、パンフレットに曲のあらすじが掲載されていますので、あらすじを頭に入れてから鑑賞なさると良いと思います。
また、インターネット上には曲ごとのあらすじ、見どころをまとめてあるサイトもありますので、そちらを活用するのも良いと思います。能 ○曲○名で検索すればいくつものサイトが簡単にヒットします。
それでも鑑賞していて初めのうちは「これ一体いつ終わるの?」という気持ちになることもあるかもしれませんが、何番か鑑賞していくうちに何か、どこか、「能の良さ」を感じていただけると思います。
鑑賞のコツが分かれば、あとはご自由に好みの流儀、役者を見つけたり、同じ曲を別の流儀で見比べてみたり、様々な楽しみ方があると思いますので、是非能楽堂に足をお運び頂きたいと思います。
皆様のご来場を心よりお待ち申し上げております。